三國演義第一百一十七回 鄧士載は密かに陰平を渡り、諸葛瞻は綿竹にて戦死する (鄧士載偷渡陰平 諸葛瞻戰死綿竹)
剣閣での合流
- 剣閣に立ちはだかっていたのは味方の董厥だった。姜維は合流して剣閣を固め、追ってきた諸葛緒を撃退する。
- 鍾会は指揮系統を乱した諸葛緒を捕らえ檻車で洛陽に送り、その兵を接収する。これに鄧艾が反発し両者の不和が生まれる。
鄧艾、陰平を越える
- 鍾会に挑発された鄧艾は、誰も通らない陰平の険路を踏破して成都を急襲する奇策を独断で敢行。断崖絶壁を氈にくるまり滑り降りるなど決死の行軍の末、諸葛亮が遺した予言の石碑に行き当たる(詩でこの奇襲を語る)。
- 江油の守将馬邈は妻の叱責も聞かず無抵抗で降伏し、妻は自ら命を絶って夫を恥じさせる(詩でその賢さを讃える)。
綿竹の戦いと諸葛瞻父子の壮絶な最期
- 成都は動揺し、後主は諸葛亮の子・諸葛瞻に迎撃を命じる。諸葛瞻・その子諸葛尚は、木像の孔明を掲げた計略で一度は鄧艾軍を怯えさせ勝利するが、内実を見抜かれ再戦を挑まれる。
- 鄧艾の勧降の書を諸葛瞻は突っぱねて使者を斬り、綿竹で決戦。伏兵に阻まれ苦戦の末、諸葛瞻は自刃、子の諸葛尚も後を追って討死する(詩で父子の忠義を讃える)。
- 張遵・黄崇・李球らも奮戦の末に戦死し、綿竹は陥落。呉に救援を求めるも間に合わず、鄧艾は成都へと迫る。