三國演義武侯は予め錦嚢の計を伏せ、魏主は承露盤を取り壊す(第一百零五回 武侯預伏錦囊計 魏主拆取承露盤)
魏延の反乱
- 前方の軍勢は棧道を焼き退路を断った魏延だった。魏延は朝廷へ「楊儀が謀反した」と先んじて上奏し、楊儀側も魏延の謀反を訴える。
- 成都では後主が凶兆の夢と譙周の占い、李福の報告で孔明の死を知り深く悲しむ。魏延・楊儀双方の上奏に朝議は割れるが、呉太后・蔣琬・董允は楊儀を信じ魏延を疑う。
馬岱による魏延討伐
- 姜維は槎山の間道から漢中へ抜け、魏延の先鋒・何平(王平)の説得で魏延の兵は大半が離反する。
- 魏延は馬岱と共に南鄭を攻めるが、姜維・楊儀は孔明が遺した錦囊の計を用いる。魏延が「誰が俺を殺せるか」と三度叫んだ瞬間、味方のふりをしていた馬岱がその場で斬り捨てる(詩:孔明の先見の妙を讃える)。
孔明の埋葬と論功行賞
- 楊儀は自ら縛って謝罪するが、後主はその功を認め中軍師に、馬岱は魏延の爵位を継ぐ。
- 孔明の遺言により定軍山に質素に葬られ、忠武侯と諡され廟が建てられる(杜甫の二首の詩でその功績を讃える)。
呉との同盟確認
- 呉が巴丘に兵を増したとの報に蜀は警戒するが、使者宗預の弁舌により、呉は魏の隙を突く侵攻を恐れての措置であり同盟に変わりはないと確認され、孫権は矢を折って盟約を誓う。
- 後主は孔明の遺言通り蔣琬・費禕・呉懿・姜維らを重用する人事を行う。
楊儀の失脚
- 楊儀は蔣琬より低い待遇に不満を漏らし、投魏を仄めかす発言が費禕の密奏で発覚。後主の怒りにより庶人に落とされ、楊儀は恥じて自刎する。
魏の内政の乱れ
- 蜀呉魏三国とも大きな戦のない時期、魏主曹叡は洛陽・許昌に壮麗な宮殿群を建設し、民に多大な負担を強いる。諫言した董尋・張茂は処罰される。
- 方士馬鈞の勧めで、長生を求めて長安の「承露盤」を移設しようとするが、取り外しの際に銅人が涙を流し、事故で作業員千余人が死亡する怪異が起こる。楊阜の諫言も聞き入れられない。
- 曹叡は毛皇后を寵妃郭夫人との遊興の秘密を知られたことに怒り、毛皇后を賜死させ郭夫人を皇后に立てる。
- そこへ遼東の公孫淵が反乱を起こし燕王を自称したとの報が届く。