三國演義隴上に出て諸葛は神に扮し、剣閣へ奔る張郃は計に中る(第一百零一回 出隴上諸葛妝神 奔劍閣張郃中計)
後主に真相を明かす
- 成都に戻った孔明は後主に、召還が奸臣の讒言によるものだったと悟らせ、苟安の流言を仕組んだ宦官を処罰。蔣琬・費禕にも監督不行き届きを咎める。
交代制での長期戦準備
- 楊儀の提案で、兵を二班に分け百日交代で戦う持久戦制を導入し、再び北伐に出る。
隴西の麦刈りと「木偶の計」
- 司馬懿は張郃を先鋒に立てて祁山を守らせ、自らは郭淮と隴西の麦の収穫を守る。
- 孔明は隴上の麦を刈り取るため、姜維・馬岱・魏延にそれぞれ自分そっくりの四輪車と装束の兵を持たせ、司馬懿の追撃隊を幻惑する計を用いる。司馬懿は本物と偽物を見分けられず恐れをなして城に籠る間に、蜀軍は麦を刈り尽くす。
鹵城攻防
- 郭淮の献策で司馬懿と挟撃を試みるが、孔明はあらかじめ伏兵を敷いており、夜襲に来た魏軍を返り討ちにして大勝する。
- 司馬懿は劍閣を突いて糧道を断つ策に転じる。
交代兵の信義と西涼軍撃破
- 交代の期限が来た兵を、危急にもかかわらず孔明は約束通り帰す。感激した兵士たちは自ら残留を志願し、疲れた西涼の援軍(孫礼)を迎え撃って大勝する。
東呉との連携不安と撤兵
- 李厳から呉が魏と結び蜀を攻める恐れありとの急報が届き、孔明は祁山からの撤退を決断する。
木門道で張郃を討つ
- 撤退を装い空城を見せて司馬懿を油断させ、逸る張郃が単独で追撃してくるよう仕向ける。魏延・関興が繰り返し偽装退却で誘い込み、木門道の隘路で伏兵の弩矢を浴びせて張郃を討ち取る(詩でこの功を讃える)。
- 司馬懿は自らの過ちを悔い、洛陽へ引き上げる。
李厳の失脚
- 実は東呉出兵の報は虚偽で、糧秣調達の失敗を隠すための李厳の偽奏だったと発覚。孔明は激怒するが費禕の取り成しで死罪は免れ、後主により庶人に落とされる。
三年の休養を経て再出師
- 孔明は成都で軍備を整え三年間力を蓄えたのち、建興十二年、再度の北伐を決意する。譙周が異議を唱えようとする場面で終わる。