三國演義第一百回 漢兵は陣営を襲い曹真を破り、武侯は陣を闘わせ仲達を辱める (漢兵劫寨破曹真 武侯鬥陣辱仲達)
祁山への布陣
- 孔明は司馬懿の伏兵を警戒し追撃を控え、地の利を得るため祁山を先に押さえる策を採る。魏延・馬岱ら諸将を箕谷・斜谷経由で祁山に集結させる。
曹真と司馬懿の賭け
- 曹真は司馬懿の慎重論を信じず、蜀軍来襲の有無を十日の期限で賭ける。互いに谷口を分担して守る。
- 司馬懿は軍紀に厳しく、不満を漏らした将を斬って統率を固める。
陳式・魏延の抗命と大敗
- 陳式・魏延は孔明の慎重な指示(鄧芝を通じた伏兵警戒)に不満を漏らし、陳式が独断で箕谷に進軍。伏兵にかかり大敗するが魏延の援護で辛くも脱出。
- 孔明はこれを見越しており、魏延の野心をも見抜いていたと語る。
孔明の計略で曹真を撃破
- 孔明は捕らえた魏兵を蜀兵に偽装させ、曹真の陣を奇襲。関興・廖化・呉班・呉懿・馬岱・王平・馬忠・張翼らの多方面攻撃で曹真は大敗し、司馬懿の援護でかろうじて逃れる。
- 敗戦の混乱の責任を問い、孔明は指揮違反の陳式を処刑する一方、魏延はなお用いる。
- 孔明は病臥する曹真へ痛烈な書簡を送り、これを読んだ曹真は憤死する。
渭水での対陣と八卦陣
- 司馬懿は自ら軍を率い、孔明と渭水を挟んで対峙。互いに漢の正統・魏の簒奪を論じ合う舌戦の末、陣法比べとなる。
- 司馬懿が「混元一気陣」を布くと孔明は容易く看破し、孔明が「八卦陣」を布くと司馬懿配下の戴陵・張虎・楽琳が突入するが陣中で迷い、生け捕りにされる。孔明は彼らの顔に墨を塗って辱め、丸腰で送り返す。
- 恥じた司馬懿は総攻撃を仕掛けるが、関興・姜維の伏兵に挟撃されて大敗し、渭水南岸に退いて堅守する。
苟安の裏切りと退却の計
- 糧秣運搬の遅延で処罰されかけた李厳配下の苟安が魏に投降し、司馬懿の指示で「孔明に謀反の意あり」との流言を成都に流す。
- 宦官の讒言を信じた後主が孔明を召還。孔明はやむなく撤退を決断し、司馬懿の追撃を防ぐため「増竈の計」(撤退しながら竈の数を増やして見せ、伏兵を疑わせる)を用い、無傷で撤兵する。