三國演義第九十九回 諸葛亮は大いに魏兵を破り、司馬懿は西蜀に入寇する (諸葛亮大破魏兵 司馬懿入寇西蜀)
武都・陰平の攻防
- 司馬懿は郭淮・孫礼に武都・陰平の救援と蜀軍後方への奇襲を命じるが、両郡はすでに姜維・王平に陥とされており、孔明の伏兵に挟撃されて大敗、命からがら逃げ帰る。
張郃・戴陵の夜襲失敗
- 司馬懿は孔明が民心収攬で油断していると見て張郃・戴陵に夜襲を命じるが、これも孔明に読まれており伏兵にかかる。張郃は奮戦して包囲を突破し戴陵を救うが、司馬懿は敗報を受けて守りを固める。
孔明、丞相に復す
- 後主の詔により孔明は丞相の職に復す(辞退するが受諾)。
撤退を装う持久戦
- 孔明は司馬懿が動かないのを見て徐々に後退する計略を用いる。張郃は追撃を主張するが司馬懿は警戒し、慎重に確かめながら追う。
- 最終的に張郃・戴陵が先発して追撃するが、孔明は王平・張翼・姜維・廖化・関興・馬忠ら多重の伏兵と錦囊の計で司馬懿本隊まで誘い込み、大勝する。司馬懿は自軍の将を叱責し、以後の妄動を戒める。
張苞の死と孔明の発病
- 成都から張苞の死の報が届き、孔明は激しく嘆いて吐血し病に倒れる(詩でその死を悼む)。
- 病を押して指揮を続けられなくなり、密かに漢中へ撤退。司馬懿は五日後にようやく気づき、孔明の神算に嘆息する。
- 孔明は成都に戻り後主の見舞いを受けて療養する。
曹真・司馬懿の蜀侵攻と長雨
- 病の癒えた曹真は蜀討伐を上奏し、劉曄も一旦は賛成するが、他言を避けるべきとの教訓を語る場面が挟まれる。
- 曹真・司馬懿・劉曄が四十万の大軍で漢中を目指すが、孔明は天文から長雨を予知し、王平・張嶷にわずかな兵で陳倉故道を守らせるにとどめ、大軍は漢中で英気を養う。
- 予想通り大雨が三十日続き、魏軍は陳倉城外で泥濘と疫病に苦しみ、王粛・楊阜・華歆らの諫言もあって魏主は撤兵を命じる。
- 孔明は追撃を控え、次の策を練る。