三國演義第九十八回 漢軍を追い王双は誅を受け、陳倉を襲い武侯は勝ちを取る (追漢軍王雙受誅 襲陳倉武侯取勝)
司馬懿の持久策
- 司馬懿は蜀軍の兵糧が長くは持たないと読み、曹真に堅守を進言。自身は呉の孫権への備えを理由に前線に出ることを避ける。
- 曹真は郭淮の献策で王双に糧道封鎖を命じ、孫礼には偽の糧車で誘い出し火計を仕掛ける策を用いる。
孔明の逆計
- 孔明は敵の火計糧車の狙いを見抜き、逆にこれを利用。馬岱・馬忠・張嶷・関興・張苞・呉班・呉懿らを伏せ、孫礼の糧車陣・魏の本営双方を打ち破り、魏軍は大混乱に陥る。
撤退と王雙討伐
- 兵糧不足の孔明は勝利のうちに撤退を決断。魏延に密計を授けて殿を務めさせ、追撃してきた王雙を計略でおびき出し斬る(詩でこの功を讃える)。
- 曹真は王雙の死を嘆き病を得て洛陽に退く。
呉の孫権称帝
- 呉では孫権が皇帝に即位(黄龍元年)。諸葛恪(諸葛瑾の子)の才気を示す逸話(驢馬の落書き、張昭への酒の勧め)が語られる。
- 蜀呉の同盟継続が確認され、孔明の提案で互いに魏を牽制する形をとる。
陳倉再攻略
- 郝昭の病重を知った孔明は迅速に陳倉を急襲。魏延・姜維に表向きの攻城を命じつつ自ら密かに先回りし、内応の火計で郝昭を驚死させ陳倉を陥落させる。
- 続けて散関も奪取。張郃の反撃を退け、孔明は武都・陰平攻略を姜維・王平にそれぞれ命じる。
司馬懿の起用
- 陳倉・散関の失陥、呉の呼応を恐れる魏は動揺。曹真の病により司馬懿が印綬を継いで大都督となり、長安へ向かう。