三國演義第八十四回 陸遜は営を焼くこと七百里に及び、孔明は巧みに八陣図を布く (陸遜營燒七百里 孔明巧布八陣圖)
陸遜の見極め
- 陸遜は蜀軍の弱兵に見える囮部隊を見抜き、諸将の逸る気持ちを抑えて三日待たせ、伏兵が退いたのを確認してから反攻の機を計る。
- (詩:陸遜の用兵を讃える内容)
孔明の危惧
- 馬良が持参した蜀軍の陣形図を見た孔明は、七百里に及ぶ連営が兵法の大忌(火攻めに弱い)であることを見抜き、急ぎ改めるよう伝えるが時すでに遅い。魚腹浦に伏兵を配していたことも明かす。
曹丕の傍観と三路侵攻
- 魏の曹丕は劉備の布陣を見て「必ず陸遜に敗れる」と予見し、呉が疲弊した隙を突いて三路(濡須・洞口・南郡)から呉を攻める策を進める。
火攻めによる大敗
- 陸遜は淳于丹を囮に蜀軍の防御を探った上で、火攻めの総攻撃を発動。東南の風に乗じて四十営のうち二十営を焼き払い、蜀軍は総崩れとなる。
- 先主は関興・張苞・傅彤らに守られながら馬鞍山へ逃れるが包囲され、趙雲の駆けつけによりようやく脱出、わずかな供回りと共に白帝城へ逃げ込む。
- (詩:陸遜の勝利と先主の敗走を詠う内容)
諸将の壮絶な最期
- 傅彤は投降を拒み奮戦の末に戦死、程畿は自刎、張南・馮習も奮戦の末に討死。番王沙摩柯も周泰に討たれ、多くの蜀将が降伏または戦死する。
- (それぞれの最期を悼む詩が挿入される)
- 孫夫人は先主戦死の誤報を聞き、長江に身を投げて命を絶ったと伝えられる。
八陣図
- 追撃する陸遜は魚腹浦で怪しい殺気を放つ石陣に迷い込み、脱出できずにいたところを、孔明の岳父・黄承彦に導かれて助け出される。石陣は孔明が仕掛けた「八陣図」であったと明かされる。
- (杜甫の詩:八陣図と孔明の功業を讃える内容)
- 陸遜は孔明の智謀に感服し、魏の三路侵攻を警戒して撤兵を決める。まもなく魏の曹仁・曹休・曹真が同時に呉領へ侵攻してきたとの報が届くところで回を終える。