三國演義第七十三回 玄徳は位に進み漢中王となり、雲長は攻めて襄陽郡を抜く (玄德進位漢中王 雲長攻拔襄陽郡)
曹操の撤退と漢中平定
- 曹操は伏兵に追われながら京兆まで撤退。劉備軍は上庸諸郡も無血で得て漢中を平定する。
漢中王即位
- 諸将は劉備に皇帝即位を勧めるが、孔明も交えた協議の末、劉備は「漢中王」を称することで妥協する。張飛の強い後押しもあり、建安二十四年、劉備は沔陽に壇を築いて漢中王に即位し、劉禅を世子、諸葛亮を軍師、関羽・張飛・趙雲・馬超・黄忠を五虎大将軍に任じる。
- 劉備は許都の献帝へ上表し、これまでの経緯(曹操討伐の志、董承事件、皇后・皇子殺害への憤り)と、漢中王を称するに至った事情を述べる。
曹操の対抗策と孫権への働きかけ
- 激怒した曹操を司馬懿が諫め、東呉を動かして荊州を突かせ、劉備の後方を脅かす離間策を献じる。孫権側でも顧雍・諸葛瑾が対応を協議し、諸葛瑾は自らの主君の子と関羽の娘との縁組を持ちかけるが、関羽は「虎の娘を犬の子にはやれぬ」と一蹴し追い返す。
- 怒った孫権に歩騭が、曹仁に先に荊州を攻めさせて関羽の出方を見る策を献じ、孫権はこれを承け曹操と結ぶ。
関羽の樊城出陣
- 情勢を察した孔明は先手を打って関羽に樊城攻撃を命じるよう進言。関羽は五虎大将軍の序列で黄忠と並ぶことに不満を示すが、費詩の説得(韓信の故事を引いて)で得心し、印綬を受ける。
- 出陣に際し、傅士仁・糜芳の失火による軍需物資焼失があり、関羽は両名を処罰の上、公安・南郡の守備に降格させる。
- 不吉な夢(黒い猪に足を噛まれる)を見るが、漢中王からの前将軍・仮節鉞の任命が届き、吉兆と捉えて出陣する。
襄陽攻略
- 曹仁は関羽の攻勢に対し、堅守派(満寵)と迎撃派(夏侯存)の意見が割れ、迎撃を選ぶ。関羽は誘引策で敵を疲弊させた上で挟撃し、夏侯存を討ち取り翟元も関平に討たれる。曹仁は樊城へ退く。
- 王甫の進言で烽火台を設置して東呉の動きに備えるが、荊州の守将人事(潘濬の起用)については関羽が譲らず、王甫は不安を残す。
樊城攻防の始まり
- 関羽は樊城への渡河攻撃を開始。曹仁配下の呂常が迎撃を主張して出るが大敗し、曹仁は曹操へ救援を求める。曹操は于禁を派遣し、先鋒に龐徳が名乗り出るところで回を終える。