三國演義第四十五回 三江口で曹操は兵を折られ、群英会にて蒋幹は計に落ちる (三江口曹操折兵 群英會蔣幹中計)
周瑜の糧道断ちの計略と孔明の看破
- 周瑜は孔明を陥れるため、「聚鉄山の曹操の糧道を断ってほしい」と依頼するが、孔明はこれが曹操の手を借りて自分を殺す計略だと見抜きつつ表向き快諾する。
- 魯粛を介したやり取りの中で、孔明は「江東は陸戦に、周瑜は水戦にしか能がない」と挑発的な発言をし、これを聞いた周瑜は激怒するが、孔明は「これは曹操の得意とする糧道戦に自ら飛び込ませる罠だ」と説明し、結局この計略は取りやめになる。
玄德・周瑜の対面と暗殺未遂
- 玄德は樊口に軍を移し、糜竺を使者として東呉の動静を探らせる。周瑜は玄德本人との面会を望み、内心では暗殺の意図を持って刀斧手を伏せて待ち構える。
- 玄德は関羽のみを伴い小舟で赴くが、宴席で周瑜は玄德の背後に控える関羽の正体(顔良・文醜を討った猛将)を知って戦慄し、暗殺を思いとどまる。
- 密かに様子を窺っていた孔明は、玄德の危機を悟りつつも関羽の存在で事なきを得たと安堵する。帰路、孔明は玄德に危機の真相を明かし、「十一月二十日甲子の頃、東南の風が吹けば自分は戻る」と謎めいた言葉を残す。
曹操軍との初戦
- 周瑜は曹操の書状を開封もせず使者を斬り、開戦の意志を示す。三江口での初戦は、甘寧・韓当・蔣欽らの活躍で青州・徐州出身で水戦に不慣れな曹操軍を圧倒し、東呉軍が勝利する。
- 敗れた曹操は蔡瑁・張允を叱責するが、二人は水軍の訓練不足を理由に弁明し、以後訓練を重ねて二十四の水門を備えた本格的な水寨を築く。
周瑜の偵察と反間の計
- 周瑜は自ら曹操の水寨を偵察し、その巧みな布陣に驚き、蔡瑁・張允の存在が脅威だと悟り、二人を除く計略を練り始める。
- 折しも曹操の幕賓・蔣幹が周瑜との旧誼を頼りに説得のため訪れる。周瑜はこれを利用し、盛大な「群英会」の酒宴で警戒させず酔わせ、共寝の体で偽の密書(蔡瑁・張允が東呉に内応するとの内容)をわざと見せる。
- 蔣幹はこれを盗み見て曹操に報告し、激怒した曹操は蔡瑁・張允を処刑してしまう。処刑後に策略と気づくが後の祭りであった。
- (詩:曹操が反間の計にかかったことを詠う)
- 周瑜はこの成功を喜ぶが、孔明だけはこの計略を見抜いているだろうと考え、魯粛に探りを入れさせることにする。