三國演義第四十四回 孔明は智謀をもって周瑜を激し、孫権は計を決し曹操を破る (孔明用智激周瑜   孫權決計破曹操)

周瑜への相談

  • 呉国太の助言で、孫権は亡き兄の遺言(外事は周瑜に問え)を思い出し、鄱陽から呼び戻した周瑜に判断を委ねる。
  • 周瑜のもとには降伏派(張昭ら文官)、抗戦派(程普・黄蓋ら武将)、諸葛瑾ら中立派、呂蒙・甘寧ら意見の割れた者たちが次々に訪れ意見を求めるが、周瑜はどちらの側にも「自分に考えがある」とだけ答え、本心を明かさない。

孔明、周瑜を激怒させる

  • 夜、魯粛が孔明を伴い周瑜を訪ねる。周瑜はまず「曹操は天子の名を借りており逆らえない、降伏すべき」とわざと述べ、魯粛と論争する演技をする。
  • 孔明はこれに乗じて「降伏こそ理にかなう」と応じ、その理由として、曹操が銅雀台に江東の美女・大喬小喬(喬公の二女)を得たいがために南征しているとの噂を語り、曹植の『銅雀台賦』を諳んじて聞かせる。
  • 大喬は孫策(周瑜の主君の兄)の妻、小喬は周瑜自身の妻であることを知ると、周瑜は激怒して曹操打倒を誓う。孔明はあえて知らぬふりをして詫び、周瑜の本心(当初から徹底抗戦の意志があったこと)を引き出すことに成功する。

開戦の決定

  • 翌日、孫権の前で周瑜は「曹操は漢の賊であり、南征には北方の後患・水戦不慣れ・厳冬・風土病という四つの不利がある」と分析し、抗戦を強く進言する。
  • 孫権は剣で机の角を斬り、抗戦に反対する者は同じ目に遭わせると宣言し、周瑜を大都督、程普を副都督、魯粛を賛軍校尉に任命する。

周瑜の疑心と諸葛瑾の説得失敗

  • 周瑜は孔明の助言で孫権の不安(曹操の兵力の多さ)を解消する説明を行い、出兵の準備を整える。
  • しかし、孔明の才知が自分を上回ることを警戒した周瑜は、密かに殺意を抱く。魯粛の諫めで思いとどまり、代わりに諸葛瑾を使って孔明を東呉側に転じさせようとするが、孔明は伯夷・叔齊の故事を逆手に取り「兄上こそ東呉を去って共に劉皇叔に仕えれば情義両全」と切り返し、諸葛瑾は言い負かされて手ぶらで戻る。
  • 周瑜は改めて別の策で孔明を陥れようと決意する。