三國演義第四十一回 劉玄徳は民を携えて江を渡り、趙子龍は単騎で主君を救う (劉玄德攜民渡江   趙子龍單騎救主)

樊城脱出

  • 関羽の堰き止めた白河の水が放たれ曹仁軍が壊滅する中、張飛・玄德・孔明は樊城側へ渡河し、船筏を焼き捨てて追撃を断つ。
  • 大敗を知った曹操は激怒し大軍で新野・樊城へ迫るが、劉曄の進言により、まず民心を得るため徐庶を使者に立てて玄德へ降伏を勧告させる。徐庶は密かに樊城危急を告げつつも、老母の死により曹操には決して謀を献じないと誓い、玄德に別れを告げて戻る。

民を伴っての退却

  • 樊城も守り切れないと判断した孔明の勧めで、玄德は民に同行の意志を確認し、十万を超える民衆と共に江陵を目指して撤退を始める。
  • 渡河の際、玄德は民の苦しみを見て投身しようとするほど嘆く。
  • (詩:危機の中でも民を思う玄德の仁心を讃える)
  • 襄陽では劉琮が恐れて出迎えず、蔡瑁・張允が矢を射かけるが、義憤に駆られた魏延が門を開いて玄德軍を招き入れようとし、文聘と交戦になる。玄德は民を巻き込むことを嫌って襄陽入城を諦め、江陵を目指すことに決める。
  • 劉表の墓前で玄德は涙ながらに詫びる。追撃の危険にもかかわらず、玄德は民を見捨てることを拒み、歩みは遅々として進まない。
  • (詩:民を思う玄德の仁徳を讃える)

劉琮母子の最期と曹操の南下

  • 劉琮に代わって蔡瑁・張允が曹操に降伏の実務を進め、水軍都督に取り立てられる。荀攸はその佞臣ぶりを警戒するが、曹操は当面利用する意図を語る。
  • 荊州は無血で曹操の手に落ち、劉琮は青州刺史に転任させられる道中、曹操の命により于禁に母子ともども殺害される。

長坂の戦い

  • 曹操は精鋭の騎兵で玄德一行を追撃させる。当陽の景山付近で夜襲を受け、玄德軍は総崩れとなり、家族・臣下が散り散りになる。
  • 趙雲は甘夫人・糜竺を救出する一方、単身で敵中を駆け巡り、瀕死の糜夫人と幼い阿斗を発見する。糜夫人は趙雲に阿斗を託し、自ら井戸に身を投げて命を絶つ。
  • (詩:わが子を託して自害した糜夫人の烈女ぶりを讃える)
  • 趙雲は阿斗を懐に抱いたまま曹操軍の重囲を単騎で突破し、夏侯恩を討って名剣「青釭剣」を得るなど数十人を斬り、奇跡的に脱出する。曹操は「虎将」と評し、生け捕りを命じたため矢を射られずに済んだという顛末も語られる。
  • (詩:長坂坡での趙雲の勇戦を讃える二篇)
  • 危機を脱した趙雲の前に、さらに曹操配下の鍾縉・鍾紳兄弟が立ちはだかる。