三國演義第四十二回 張翼徳は長阪橋で大いに暴れ、劉豫州は敗走し漢津口に至る (張翼德大鬧長阪橋 劉豫州敗走漢津口)
趙雲、長坂を脱出
- 趙雲は鍾縉を討ち取り、鍾紳とも一騎打ちの末に青釭剣で仕留め、長坂橋にたどり着く。追ってきた文聘を張飛が食い止め、趙雲は玄德のもとへ辿り着く。
- 阿斗を無事に守り抜いたことを涙ながらに報告する趙雲に対し、玄德は幼子を地に投げ捨て「お前のためにあわや良将を失うところだった」と言い、趙雲は感激してこれを拾い上げる。
- (詩:わが子より臣下を惜しんだ玄德の情に趙雲が報いる場面を詠う)
長坂橋の対決
- 追ってきた文聘は、橋の東の林に伏兵ありと疑い攻めあぐね、続いて到着した曹仁・夏侯惇ら曹操の諸将も、橋上に仁王立ちする張飛の気迫に押されて攻めかねる。
- 曹操自らが様子を見に来ると、張飛は「燕人張翼德ここにあり、尋常の勝負をせん」と大喝し、その声に驚いた夏侯傑が落馬して絶命、曹操軍は総崩れとなって退却する。
- (詩:一喝で百万の曹軍を退けた張飛の武勇を讃える二篇)
橋の破壊とその功罪
- 曹操は張遼らに励まされて我に返り、追撃再開の構えを見せる。張飛は退却後、独断で橋を落として合流するが、玄德はこれを「策に欠ける」と評す。橋がそのままなら曹操は伏兵を警戒したはずが、落としたことで手薄と見抜かれ、逆に浮橋を架けて渡河を強行される。
漢津での窮地と関羽・劉琦の来援
- 追い詰められた玄德一行の前に、関羽が江夏から率いてきた一万の兵で救援に現れ、曹操は「またも孔明の計に嵌まった」と兵を退く。
- 船で合流した一行のもとへ、さらに劉琦が水軍を率いて駆けつけ、続いて孔明も別働隊で漢津に先回りしていたことが判明し、一行は態勢を立て直して夏口・江夏へ向かう。
曹操の江陵占領と東吳への圧力
- 曹操は江陵を無血で占領し、荀攸の献策により孫権へ「共に劉備を討とう」との檄文を送りつつ、水陸八十三万(号して百万)の大軍で長江を進発する。
孔明、東呉へ
- 江夏に着いた玄德・孔明・劉琦は、曹操に対抗するため東呉と結ぶ策を協議する。折しも孫権の使者・魯粛が弔問を名目に情勢を探りに訪れ、孔明はこれを好機と見て自ら東呉へ渡ることを決める。