三國演義第三十七回 司馬徽は再び名士を薦め、劉玄徳は三たび草廬を訪う (司馬徽再薦名士 劉玄德三顧草廬)
徐母の死
- 許昌に着いた徐庶は曹操に丁重に扱われるが、母のもとを訪れると、徐母は騙されて偽の手紙で子を呼び寄せたことに激怒し、玄德を裏切ったことを厳しく責め立てる。
- 徐母はその場で自ら首を吊って果てる。
- (詩:義に生き、子を諭して恥じさせた徐母の高潔さを讃える)
- 徐庶は母の死を深く悲しみ、曹操の弔問や褒賞をことごとく辞退し、喪に服す。以後、曹操に一計も献じることはなかった。
- 曹操は南征を計画するが荀彧の諫めで春を待つこととし、玄武池を築いて水軍の訓練を始める。
司馬徽の再訪
- 玄德の元へ司馬徽(水鏡先生)が現れ、徐庶の母が偽手紙で息子を呼び寄せるはずがないと見抜き、この一件が曹操の策略であったことを告げる。
- 水鏡先生は諸葛亮とその友人(崔州平・石広元・孟公威・徐庶)の関係を語り、孔明の志の大きさを称え、関羽の疑問に対して「孔明は管仲・楽毅どころか、周の姜子牙、漢の張良に比すべき人物」と評する。
- 帰り際、水鏡先生は「臥龍は良き主を得たが、時を得ていない」と嘆きながら去る。
一度目の訪問
- 玄德は関羽・張飛と共に隆中を訪れるが、諸葛亮は外出中で不在。道中で出会った隠士・崔州平と天下の治乱の道理について語り合うが、孔明の行方は知れずに新野へ帰る。
二度目の訪問
- 数日後、孔明が戻ったとの報せを受け、真冬の風雪の中を再訪する。張飛は気乗りしないが玄德に叱られ同行する。
- 途中の酒屋で歌う石広元・孟公威に出会うが、二人も臥龍の友人であるだけで本人ではなかった。
- 草廬に着くと孔明の弟・諸葛均に迎えられるが、孔明は崔州平と出かけて留守。玄德は丁重な手紙を残し、帰路で孔明の岳父・黄承彦と出会う。
- (詩:風雪の中、賢者を訪ねて空しく帰る玄德の心情を詠む)
三度目の訪問へ
- 春を迎え、玄德は占いで吉日を選び、斎戒沐浴して三度目の訪問を決意する。関羽・張飛はこれに不満を抱き、玄德を諫めようとする。