三國演義第三十三回 曹丕は乱に乗じて甄氏を娶り、郭嘉は遺計をもって遼東を定める (曹丕乘亂納甄氏 郭嘉遺計定遼東)
曹丕と甄氏
- 冀州占領時、曹丕は袁紹邸で泣いていた劉氏(袁紹の妻)と甄氏(次男袁熙の妻)に出会い、甄氏の美貌に心を動かされ、劉氏に保護を約束する。
- 曹操が屋敷に入った者を問い質すと、劉氏は「世子(曹丕)のおかげで家が守られた」と甄氏を差し出し、曹操は甄氏を見て気に入り、曹丕に娶らせる。
曹操の冀州統治
- 曹操は袁紹の墓に参り、かつての交友を思い涙し、袁紹の妻劉氏に財物を与え、河北の民の今年の租税を免除する。自ら冀州牧を兼ねる。
- 許褚は口論の末に許攸を斬り殺すが、曹操は旧友を殺されたことを咎めつつも許攸を厚く葬らせる。
- 冀州の隠士・崔琰を登用しようとするが、崔琰は民の窮状を顧みず戸籍の多さを誇る曹操を諫め、曹操は改めて彼を厚遇する。
袁譚の滅亡
- 曹操が冀州を平定すると、袁尚から逃れた袁譚は再び冀州奪回を図るが、曹操の招きに応じず、婚約も破棄され攻められる。
- 袁譚は劉表に救援を求めるが、玄德の進言により劉表は出兵せず、袁氏兄弟に和解を勧める書状を送るにとどめる。
- 曹操軍が南皮に迫る中、袁譚配下の辛評は降伏交渉に失敗して憤死し、郭図の献策で百姓を先頭に立てて決戦するが大敗し、袁譚は曹洪に討ち取られる。
- 別駕王修は処刑された袁譚の遺体を弔うために危険を冒して哭泣し、その義に感じた曹操は遺体を葬らせ、王修を厚遇する。
幽州・并州の平定
- 曹操は郭嘉の献策により、降将の焦触・張南らを使って袁氏兄弟を討たせ、并州へは李典・楽進・張燕を差し向ける。
- 袁尚・袁熙は幽州から烏桓へ逃亡。幽州刺史烏桓觸は諸官と共に曹操へ帰順するが、別駕韓珩だけは袁氏への恩義を理由に降伏を拒み、周囲もその義を認めて咎めずに済ませる。
- 高幹は壺口関に籠るが、曹操軍は降将の呂曠・呂翔を使った偽りの内応策で高幹を城外へ誘い出し、隙に乗じて関を奪う。高幹は単于や劉表に助けを求めるも拒まれ、逃走の途中で討たれる。
烏桓遠征
- 曹操は郭嘉の進言(袁氏残党の根絶と、劉表は自ら動く器ではないので後顧の憂いなしとの分析)により沙漠の烏桓へ遠征する。
- 田疇の案内で盧龍口から間道を進み、白狼山で不意を突いて烏桓の冒頓を撃破、張遼が冒頓を討ち取る。袁熙・袁尚は遼東へ逃走する。
- 田疇は褒賞の侯爵を固辞し、議郎に任じられる。
郭嘉の死と遼東平定
- 遠征の労苦がたたり、郭嘉は易州で病死する(享年三十八)。曹操は深く悲しみ盛大に弔う。
- (詩:郭嘉の才知と功績を讃え、その早世を惜しむ)
- 郭嘉は死に際し、遼東の公孫康が袁氏兄弟を自ら討って首を差し出すはずだと見抜いた書状を残しており、その通り公孫康は袁熙・袁尚を謀殺し、首級を曹操に届ける。曹操はその慧眼に改めて感嘆する。
- 曹操は冀州へ引き上げ、郭嘉の遺体を許都で葬らせる。南方(江南)平定の志を語り、その夜、冀州の楼上で天文を観測し、南方に不思議な気を認めて即断を避ける中、地中から金光が現れる。