三國演義第二十二回 袁紹・曹操は各々馬歩三軍を起こし、関羽・張飛は共に王忠・劉岱の二将を捕らえる (袁曹各起馬步三軍 關張共擒王劉二將)
袁紹への援軍要請
陳登の助言で、劉備は師と仰ぐ鄭玄(学識高く、馬融に学んだ逸話を持つ碩学)に書状を書いてもらい、袁紹に援軍を求める。袁紹陣営では田豐・審配・沮授・郭図らが出兵の是非を巡って議論するが、最終的に曹操討伐の兵を挙げることを決める。
陳琳の檄文
書記陳琳が起草した檄文(曹操の出自の卑しさ、悪行の数々を痛烈に糾弾する内容)が各地に発せられる。頭痛持ちの曹操はこれを読んで恐怖のあまり一時的に頭痛が治るほどの衝撃を受ける。孔融は和睦を勧めるが、荀彧は袁紹陣営の内部対立を見抜いて楽観視する。
陽動作戦
曹操は劉岱・王忠に偽の丞相旗を持たせて徐州の劉備を牽制させつつ、自らは主力を率いて黎陽で袁紹と対峙する。両軍は膠着状態が続き、曹操は密かに許都へ引き上げる。
関羽・張飛の武勇
劉備は関羽を偵察に出し、関羽は敵将王忠を生け捕りにする。続いて張飛も知略を用いた夜襲策で劉岱を捕らえる。劉備は両将を寛大に扱い、事情を説明させて許都へ帰す(曹操への弁明を期待して)が、曹操は彼らの不甲斐なさに激怒し処刑を命じる。劉備は徐州防衛の布陣を固め直す。
評語
なし