三國演義第十九回 下邳城で曹操は激戦し、白門楼で呂布は命を落とす (下邳城曹操鏖兵   白門樓呂布殞命)

劉備の逃亡と離散

呂布の攻撃で小沛が陥落し、劉備は妻子を残して単身脱出する。呂布は「大丈夫は人の妻子を害さぬ」と糜竺の頼みを聞き入れ、劉備の家族を徐州で保護する。逃避行の途中、劉備は猟師劉安の家に泊まるが、劉安が食料に困り自分の妻を殺して食べさせていたことを知り、深く傷つく。曹操軍と合流した劉備は事の次第を報告し、曹操も涙する。

兗州奪還と呂布追い詰め

曹操は呂布討伐を進める。陳登(表向き呂布に仕えつつ、実は曹操の内応者)の計略で呂布軍を混乱に陥れ、蕭関の戦いで自軍同士を戦わせる大失態を誘発する。徐州は陳珪・糜竺の抵抗で奪還され、呂布は行き場を失う。関羽・張飛も合流し、劉備一行は曹操とともに徐州へ入城、陳登父子の功が称えられる。

下邳籠城

呂布は下邳に籠城。陳宮の積極策(打って出て挟撃する策)を用いず、妻の嚴氏・貂蟬に引き止められて出陣をためらい続ける。袁術への再度の援軍要請も、送るはずの娘を奪還されるなどして失敗する。曹操は沂水・泗水の堤を切り、下邳を水攻めにする。呂布は酒色に溺れ、禁酒令を出すが自ら乱れる。

呂布の最期

待遇に不満を持つ侯成・宋憲・魏続が呂布を裏切り、赤兎馬を盗んで曹操に降り、眠っていた呂布を捕縛して開城する。白門楼で曹操の前に引き出された呂布は命乞いをするが、劉備の「丁原・董卓の例をお忘れか」との一言で処刑が決まる。陳宮は潔く死を選び、その忠義に曹操も涙する(詩:陳宮の忠義を称える内容)。呂布も処刑され、その最期を悼む詩が残される(詩:呂布の武勇と末路を評する内容、また劉備の判断を評する内容)。捕らえられた張遼は曹操を罵るが、その気骨に免じて助命されそうになる場面で終わる。

評語

なし