車駕、臨安府へ
- 正月、行朝は紹興府から臨安府へ移った。官庁はまだ仮設のままで、州治を大内として用いた。
曹成、招安をめぐる混乱
- 曹成は向子諲を捕らえたまま道州に拠っていたが、河南二広宣撫司都統制馬廣の招きに応じ、いったんは子諲を釈放した。しかし宣撫使呉敏が参謀范直方の慎重論に流されて処置を誤り、招安交渉は頓挫。曹成軍は再び離散して湖広を荒らした。馬廣・呉敏の対応の是非をめぐり、王次翁らの風刺詩も伝えられる。
楊惟忠、楊勍を謀殺
- 呉江吉州に拠っていた楊勍を、朝廷の命を受けた楊惟忠が同姓のよしみを装って誘い出し、伏兵で誅殺しその軍を吸収した。
沈與求、御史中丞に
- 沈與求は御史中丞に任じられ、屯田政策や兵権の集中を説く上疏を行った。
滁州・宣州の混乱
- 滁州では権知州の交代をめぐり混乱が続き、岳諒臣が後任となって食人の悪党を処罰するなど治安を回復した。
- 宣州では韓世清配下の不穏な動きから大火が発生し、これを機に韓世清の粛清(李光・王燮の派遣)につながった。
淮西招撫使の派遣
- 二月、吏部尚書李光が淮西招撫使、王燮が副使となり、韓世清討伐に向かった。
翟琮、金軍を破る
董先、偽斉に叛く
- 商州知事董先はかつて翟興の恩義を受けたが、密かに翟興殺害を図り露見、興を脅して逃がした(興は九死に一生を得た)。董先はその後、劉豫の勢力拡大に乗じて商州を挙げて偽斉に投じた。
韓世清、捕縛される
- 三月一日、李光・王燮は計略を用いて宣州で韓世清を捕らえ、行在へ送った。
沈與求、贈答品の禁止を上奏
- 沈與求は大将たちが献上する繒帛などの奢侈品を退けるべきと上奏し、両浙転運使徐康国が独断で運んだ屏障什物も焼却させた。
桑仲、殺される
- 金州侵攻に失敗し続けた桑仲は郢州の霍明と不和になり、明の計略により郢州で殺害された。桑仲の残虐な統治(隨州での拷問など)の顛末や、通判趙去疾が後に朝廷で桑仲の忠義を弁護した逸話も記される。
楊沂中、神武中軍統制に
翟興、偽斉軍と戦い戦死
- 劉豫は蒋頤を遣わして翟興を懐柔しようとしたが、翟興は使者を斬り書を焼いて拒絶した。劉豫は内応者を仕込んで急襲し、翟興は力戦の末に落馬し戦死した(享年六十)。
桑仲、死後に神武右副軍統制の名を追贈
- 京師奪還を目指す大挙の議が進む中、桑仲は既に死んでいたが名目上の統制職が与えられた。李横は桑仲の死を知ると全軍を縞素にして郢州を包囲、復讐を掲げた。
劉豫、寿春府を陥落
韓世清、誅殺される
- 蘄州に屯していた韓世清はかつて趙令俊を皇帝に擁立しようとした罪と、宣州火災の一件により捕らえられ、行在で誅に処された。