三朝北盟會編 炎興下帙 高宗 紹興十二年 八月十日庚午 1142年

王庶家集「定傾論」続(政論の続き)

  • 論敵強弱:『左伝』の楚が陳・蔡を欺いて滅ぼした故事や桀・紂の滅亡を引き、金が言語も通じぬ辺境の国でありながら二国(宋と遼)の隙に乗じて興った経緯を述べ、長期の統治構想を欠く金は内部で権臣(尼堪=兀朮)が権勢を恃むのみで、いずれ瓦解すると論じる。漢高祖・唐太宗の例を引き、賢才の登用と将帥・官吏の適材適所こそ国を強くする道であるとし、烏合の衆に過ぎない金軍を恐れる必要はないと説く。
  • 論図治:唐太宗が魏徴の諫言を容れて貞観の治を成し、玄宗が姚崇の十事を容れて開元の治を成した故事を引き、今上(高宗)の中興の事業はそれ以上に困難であるとして、人材登用や法制の整備における弊害を直言する機会を賜りたいと願う。
  • 論立政:高宗がこれまで成し遂げてきた修己・立政・用人の実績を、周の宣王や漢の文帝・唐の太宗になぞらえて称える一方、なお天下が治まらない理由を問い、改めて意見を上奏する機会を求める。
  • 論択相:伊尹・傅説・太公望・管仲・張良・鄧禹・諸葛亮・王猛など、歴代の名君は皆一人の賢相を得て大業を成したとし、高宗の即位以来十人もの宰相が交代してきたことを問題視。任用の初めを慎み、礼遇を厚くし、信任を専らにして讒言を入れさせないようにすべきと説く。
  • 論戦守:戦・守の道はいずれも基本を欠いており、金軍来襲のたびに逃げ、城郭も修めず祖廟も立てないまま放棄する現状を批判。金の用兵を過大評価する風潮を、囲碁の対局で「相手が強いのではなく自分が弱いだけ」という喩えで戒め、天子の威霊の下で用兵すれば戦っても守っても道は開けると説く。
  • 論用人:高宗が勤勉・恭倹・任賢・強兵・理財などあらゆる善政を尽くしているにもかかわらず効果が現れない理由を問い、久しく病んだ人が名医にかかっても効かないのは薬が合わないからだと喩え、改めて意見を述べる機会を求める。
  • 論政事本末:周の宣王の中興が内政の充実によって外患を鎮めた例を引き、今日の朝廷が「兵」ばかりを論じ、政治の根本(仁政・徳治)を後回しにしていることを批判。孟子の仁政論を引いて、まず徳を修めることこそ先務であると説く。
  • 論兵:用兵の要諦として「合して離れず」「精にして濫りならず」「速やかにして久しからず」の三点を挙げ、唐の九節度使の潰走や新の尋・邑の百万軍が光武帝の寡兵に敗れた故事を引き、力を蓄えて機を待つべきと説く。
  • 論形勢:国を興すには地の利を得ることが肝要であるとし、かつての呉・蜀が寿春・荊襄や漢中を要害としたのに対し、現在は襄陽・梁洋(漢中)の防備が疎かになっていることを憂え、天下の「脊梁」たるこの地を固めるべきだと説いて結ぶ。