梁書卷五十一 列傳第四十五 張孝秀

張孝秀(文逸)

  • 張孝秀は字を文逸といい、南陽宛の人。若くして州に仕え治中従事史となり、母の喪に服して喪明け後、建安王別駕となったがまもなく職を去り、東林寺の山中に帰った。数十頃の田と数百人の部下を有し、専ら力田によって山中の人々の生活を支え、遠近から慕って集まる者が市のようであった。
  • 性格は率直で華美を好まず、常に穀皮の頭巾をつけ蒲の履を履き、手に棕櫚の毛の払子(尘尾)を持ち、寒食散を服し、真冬でも石の上に横たわることができたという。博く群書に通じ、とりわけ釈典に精通し、談論・隷書に巧みで、あらゆる技芸に通じていた。普通3年(522年)42歳で没した際、室内に非常な香気が漂ったといい、太宗(皇太子)はこれを深く悼み、劉慧斐への書簡にその清廉さを述べた。