梁書卷五十一 列傳第四十五 劉慧斐

劉慧斐(文宣)

  • 劉慧斐は字を文宣といい、彭城の人。若くして博学で文に長じ、安成王法曹行参軍として起家した。都に帰る途中、尋陽を経て匡山(廬山)に遊び、処士の張孝秀と出会い意気投合し、隠棲の志を固めて仕官をやめ、東林寺に住んだ。
  • 山の北に園を構え「離垢園」と名付け、人々は彼を「離垢先生」と呼んだ。慧斐は仏典に特に通じ篆書・隷書を能くし、山中で自ら二千余巻の仏経を書写し、常時百余巻を誦していたという。昼夜行道に励み、遠近の人々がその徳を慕った。太宗(皇太子)が江州に臨んだ際、几と杖を贈り、識者は「遠法師(慧遠)の没後二百年にして初めて張(張孝秀)・劉(劉慧斐)のような盛事があった」と評した。世祖・武陵王らからの書問も絶えなかった。大同2年(536年)59歳で没した。