梁書卷四十八 列傳第四十二 崔靈恩

崔靈恩

  • 清河武城の人。師について五経を広く修め特に三礼・三伝に精通し、北朝で太常博士となっていたが天監十三年に帰国。高祖はその儒術を評価して員外散騎侍郞に抜擢、步兵校尉兼国子博士まで昇進した。講説には常に数百人の聴衆が集まった。
  • 質朴で風采に乏しかったが経義の解釈は精緻を極め、京師の旧儒からも重んじられた。助教の孔僉はその学を好んだ。靈恩は元来『左傳』の服虔注を学んでいたが江東では行われなかったため杜預注を改説、たびたび服注を非難したことから『左氏條義』を著してこれを明らかにし、杜学に精通した助教虞僧誕も『申杜難服』を著して応酬し、両説がともに世に行われた。
  • 従来の天文学は渾天説と蓋天説が互いに相容れなかったが、靈恩は両者を一つの義に統合した。長沙内史・国子博士・桂州刺史を歴任し任地で没した。『毛詩集注』二十二巻・『周礼集注』四十巻・『三礼義宗』四十七巻・『左氏経伝義』二十二巻・『左氏條例』十巻・『公羊穀梁文句義』十巻を著した。