梁書卷四十八 列傳第四十二 嚴植之

嚴植之

  • 字は孝源、建平秭歸の人。祖父の欽は宋の通直散騎常侍。老莊の玄言を能くし喪服・孝経・論語に精通、成長後は鄭氏礼・周易・毛詩・左氏春秋にも通じたが、学識をもって驕ることのない篤実な人柄であった。父の喪では二十三年菜食を続け、風冷の病を得てようやくやめた。
  • 齊の永明中、廣漢王國右常侍のとき王が誅されると、誰も憚る中ひとり奔哭して殯殮を営み墓所まで徒跣で見送った。天監四年、五経博士が置かれると兼五経博士として潮溝に館を構え、常に百数十人の生徒が集まり、講義には千余人が聴講に訪れた。中撫軍記室參軍を兼ねつつ博士を続け、天監七年、館で没した。享年五十二。
  • 病を得てからは俸禄を受けず妻子は困窮し、没した際は喪すら営めなかったため生徒たちが家を売って喪を整えた。仁慈で陰徳を好み、行き倒れの病人を見れば身元も知らぬまま看病・葬送し、荊州出身の黄氏という病人を助けた際は、快復後に奴僕として仕えたいと申し出られたが辞退し、資糧を与えて帰したという逸話が残る。凶礼儀注四百七十九巻を撰した。