遼史卷一百十四 列傳第四十四 薩爾珠
重元の乱での抗戦と戦死
薩爾珠、孟父房迪里の孫。凶暴な性格で、清寧中、宣徽使に累進し殿前都点検に改められた。重元の謀反に加わり、帝が灤河で狩猟中に重元が事が漏れることを恐れ随行軍と急遽戦うことになったが、子の尼嚕古が戦死すると同党は崩れ潰えた。薩爾珠はその時ちょうど猟場にいて乱を聞き猟夫を脅して援軍としたが、着いてみると尼嚕古がすでに死んでいたことを知り、大いに悔やんで「我らはもはや死戦するのみ、子供の戯れのように滅びるのか。今夜、行宮に備えがないうちに夜討ちを掛ければ大事を成せる、夜明けを待てば相手には備えができ、我が軍の心が離れるかもしれぬ、一度好機を逃せば後悔しても及ばない」と語ったが、重元と蕭呼都克らは「今夜は四面を包囲するだけで外の軍を入れないようにするのがよい」として従わなかった。夜明けとともに兵は武器を捨てて逃げ、薩爾珠は戦死した。