遼史卷一百十一 列傳第四十一 蕭塔喇台
伊遜への加担
蕭塔喇台、約尼温汗の宮分人。人の意に阿り言葉を巧みに合わせることに長け、清寧初め伊遜が権勢を振るうと重用され、北面林牙・同知北院宣徽使事に累進した。皇太子が廃された際、塔喇台は上京への護送を監督し、道中で下車や起居・飲食を許さず陵辱を加え、到着すると円い囲いを築いて幽閉した。太康中、西南招討使に遷り、順義軍節度使を経て国舅詳衮に転じた。寿隆五年、怨望の罪により老齢を理由に死を免じられたが、興聖宮に籍を没収された上、西北統軍司に貶謫され没した。二子の特黙・額埒は乾統年間、父が伊遜と謀った罪により誅された。