遼史卷一百八 列傳第三十八 耶律達魯

医術の逸話

耶律達魯、字は繖布斡。その先祖は五院の一族で、初めて宮分に属せられた家柄である。達魯は医に精通し、顔色を見ただけで病の根源を知り、脈を診なくても十全の功があった。統和の初め、大丞相韓徳讓の推挙により節度使にまで至った。かつて枢密使耶律色珍の妻が重い病を患い、多くの医者が治せなかったところ、達魯は「心に鬱熱がある、薬石の及ぶところではない、意によって療すべし」と言い、わざと激しく怒らせて毒を発散させる方法をとった。前で鉦や太鼓を大きく打ち鳴らさせると、翌日果たして狂ったように叫び怒罵し、力尽きて止んだところで治った。このような治療法が多かったといい、その術は人に測り知れず、八十歳で没した。