遼史卷一百七 列傳第三十七 耶律中妻蕭氏

出自と経歴

  • 蕭氏は小字を綏蘭といい、韓國王惠の四世孫。聡慧で謹厚、二十歳で耶律中に嫁ぎ、夫に事えるに敬順をもってし、親戚は皆その徳を誉めた。
  • 中はかつて「お前は多少書を知るべきだ、以前の貞淑な女性を鑑とせよ」と語り、これより発心して誦習し、多く古今にわたって学んだ。
  • 天慶中、賊に捕らえられた際、密かに刃を履に隠し「私を汚そうとする者があれば、私はこれで死のう」と誓った。夜になり賊が逃げ、免れた。
  • 久しくして帝は中を召して五院都監とした。中は妻に「私は本来仕官の志はなかったが、今免れることができず、私は死をもって国に報いるべきだ。お前は私に従えるか」と問うと、綏蘭は「謹んで教えを承ります」と答えた。
  • 金兵が嶺西の地を徇え、その民をことごとく徙した際、中は節を守って死に、綏蘭は悲戚を外に表さず、人がこれを怪しんだ。まもなく馬を躍らせ突然出て、中の死んだ場所に至り自殺した。

史論

  • 論じて言う。陳氏は経をもって二子を教え共に賢相となった。耶律氏は自ら潔くして嫁がず、閨閫の内にありながら忠君を忘れなかった、賢でなければどうしてこれができようか。三人の蕭氏の節は、烈丈夫にもできない者があるほどである。