遼史卷一百六 列傳第三十六 耶律官努
出自と経歴
- 耶律官努は字を奚隱といい、林牙斡魯の孫。沈厚で学が多く、本朝の世系に詳しかった。酒を嗜み逸楽を好んだ。
- 初め宿直將軍に徴されたが、重熙九年病を理由に官を去った。上は官努が尊属であることから、自らその志を成就させようと一路の節度使を選ばせたが、官努は「臣は愚鈍で官使には堪えられません」と辞退した。歸義軍節度使を加えられたが、すぐに致仕を請うた。
- 官努は烏哩特の人蕭斡と親しく、斡は官努に「仕えて主君の恩沢を人々に及ぼし大功烈を成せないのであれば、どうしてわざわざあくせくすることがあろうか。私はお前と林下に居り、枕簟を携えて觴詠を楽しもう。官がなくても悔いはない」と語り、官努はこれに同意した。当時二人は「二逸」と称された。乾統年間卒した。