遼史卷九十九 列傳第二十九 蕭和克

出自と経歴

  • 蕭和克は字を阿爾斯蘭といい、忠直で敏捷、力があった。禁軍に補せられ、咸雍初め招討使耶律卓克算に従い命に違う番部を討伐した。降を請いに来た者の中に駝の峰に躍り上がる者があり、その俊敏を誇っていたところ、卓克算が「誰がこれをできるか」と問うと、和克は重い鎧を着けたまま出て、手を峰につけずに一躍で上ってみせ、使者は大いに驚いた。卓克算は自らの娘を和克に娶らせた。
  • 帝はこれを聞き召して䕶衛とした。当時北院樞密使の耶律伊遜は狡佞で寵を得て凶暴を恣にしていたため、和克は橋下に伏せて伊遜が通るのを待って殺そうとしたが、たちまち暴雨で橋が壊れ果たせなかった。後に狩猟の場で殺そうとしたが親友に阻まれた。
  • 太康三年、再び伊遜及び蕭塔喇台らを殺そうとしたが、伊遜がこれを知り械繋し、拷問しても服さなかったため辺境に流された。太子が廃されるに及んで上京に徙され、和克は召され殺された。乾統初め龍虎衛上將軍を追贈された。