遼史卷九十六 列傳第二十六 耶律迪里

耶律迪里

  • 耶律迪里、字は薩蘭。採訪使吼の五世孫。寛厚で学を好み文詞を工みとした。重熙末、牌印郎君に補され知起居注を兼ねた。清寧元年(1055年)、次第に同知永州事に遷り盗を禁じて功があり北面林牙承旨に改まった。
  • 清寧9年(1063年)、重元が乱を作すと迪里は援に赴き力戦してこれを平らげ臨海軍節度使を遙授された。清寧10年(1064年)、武安州観察使に徙り、咸雍5年(1069年)たびたび昇進して長寧宮使となり戸部司乾州の銭帛逋負を検括し出納の法を立て経画し公私はこれを便とした。
  • 太康4年(1078年)、南院大王となり秩が満ちると部民は留任を請い同知南京留守事となった。疾があると上は伝に乗って闕に赴かせ太医を遣ってこれを視せ、上京に遷った。大安中、塔布城節度使に改まり疾をもって致仕し兼侍中を加えられ一品の俸を賜り、大安8年(1092年)卒した。