蕭道拉
- 蕭道拉、字は綏蘭。約尼温汗宮人で、祖尼嚕古は北院樞密副使、父薩滿字和爾沁。重熙初め、祗候郎君に補授され、たびたび昇進して北面林牙となった。重熙19年(1050年)、耶律伊遜・蕭博諾に従い夏を伐ち、蕭恵が敗績した地に至って偵候者を獲て人煙聚落の多くを知り、国人で陥没して還れなかった者を悉く俘えて帰った。
- 大父詳衮を拝し山北道辺境事を知り、清寧初め西南面・西北路招討使を歴任し同中書門下平章事を加えられ卒した。
- 道拉は体貌豊偉で騎射を善くし、祗候郎君より漢人行宮副部署に陞り、後烏爾古徳哷勒統軍使となり敵を克って功があり龍虎衛上将軍を加えられ西北路招討使を授けられた。北辺の利害を陳べ本路諸部を倒塌嶺統軍使と連兵させて屯戍することを請うたが再表しても納れられなかった。東北路統軍使に改まった。
- 乾統初め、久しく辺事に練れていることをもって再び西北路招討使となった。北準布額圖格爾が隣部を率いて侵してくると、道拉は逆撃して数十里追奔し、額圖格爾が無備なのに乗じて軽騎でこれを襲い、馬一万五千匹、牛羊もこれに称う数を獲た。
- これより先、詔があり方面無事の時は招討・副統軍・都監のうち一員が入覲すべしとされていたが、この時同僚は皆欠けていたため道拉は軍事を幕吏に付して朝坐に出、これに坐して官を免ぜられた。西京留守に改まり、再び東北路統軍となり官にて卒した。