遼史卷九十 列傳第二十 耶律信先
耶律信先
- 信先、興宗はその父貴音が刺血の友であったことにより幼くして宮中に養い、騎射を善くした。重熙14年(1045年)、左護衛太保・同知殿前点検司事となり、重熙18年(1049年)右祗候郎君班詳衮を兼ねた。
- 上が欲する所を問うと、信先は「先臣貴音は陛下と気を分けたようなものでしたが、王封には及びませんでした。もし恩を地下に蒙らせていただければ、臣の願いは尽きます」と言った。上は「これは朕の遺忘の過ちである」と言い燕王を追封した。
- この年、蕭恵に従い夏を伐ち河南で敗れ、慣例により責めを受けた。清寧初め、南面林牙となり卒した。