遼史卷八十九 列傳第十九 楊晳
楊晳
- 楊晳、字は昌時。安次の人。幼くして五経の大義に通じ、聖宗はその頴悟を聞いて詩を試させ秘書省校書郎を授けた。太平11年(1031年)、進士乙科に擢され著作佐郎となった。重熙12年(1043年)、たびたび昇進して樞密都承旨・権度支使となり、登対して旨に称い樞密副使に進んだ。
- 長寧軍節度使・山西路転運使を歴任して興中府を知り、清寧初め入って南院樞密使を知り姚景行と共に朝政を総べ、柴冊礼の挙行を請い趙国公に封ぜられた。足疾により再び興中府を知り、咸雍初め齊に徙封された。同徳功臣を賜り尚書左僕射兼中書令となり樞密使を拝し、晉に改封され宰相・樞密使両庁の傔従を給せられ趙王に封ぜられた。
- しばしば政を還すことを請い、保節功臣を加賜され致仕した。太康5年(1079年)、慣例により遼西郡王に改められ、薨じた。