遼史卷八十二 列傳第十二 武白
冤罪をただし旧悪を糾した官吏
- 武白、出身地は不詳。宋の国子博士として相州の知事を代行していたが、通利軍で遼軍に捕らえられた。詔により上京国子博士を授かり、臨潢県令に改まり、廣徳軍節度副使に遷った。宰相劉慎行とその子婦姚氏の密通が訴えられ有司が無罪としていたが、聖宗の詔により白が糾問して事実を明らかにした。
- 新羅からの帰還後、中京留守を代行した際、劉慎行の子らが要職にあり百姓の戸籍分割の判断を歪めていたことを断じたため左遷されたが、まもなく尚書左丞相・枢密事に遷り、遼興軍節度使を拝命して致仕し卒した。