遼史卷八十二 列傳第十二 耶律巴古濟

党項討伐に功を挙げた将

  • 耶律巴古濟、字は保諾延。六院額爾竒木博果濟の後裔で、勇猛かつ生計を治める術に長けていた。保寧年間、天徳軍節度を務め、南京侍衛馬歩軍都指揮使を歴任、党項の阿里沙宻丕勒布宻を討平し南院大王に遷った。聖宗即位・太后称制のもと群臣が軍国事を議した際、巴古濟は時宜にかなった数策を上奏し、山西路諸州の事を兼領した。
  • 統和四年、宋将曹彬らの燕侵攻を強く撃退し輸忠保節致主功臣を賜り、山西五州を統轄した。曲法虐民の告発を受けた際は事実を調べ大杖で処断した。統和八年、南京統軍使となり卒した。子の雅里は詳衮に至った。