遼史卷七十八 列傳第八 蕭哈里
清廉な裁判官
- 蕭哈里、字は伊徳森。先祖は約尼氏で本部の額爾竒木を務めた家系。父の塔喇は天顕年間に本部令公となった。哈里は容貌魁偉、膂力に優れ、天祿年間に明王安圖の娘・阿雅翁主を娶り、応厯初年の察克の乱で阿雅が連座した後、綽哈公主を継室に迎えた。
- 帝は近戚として哈里を重んじ、北府宰相の候補に加え、後に総知軍国事とした。当時多くの諸王が反逆に連座して繋獄されていたが、哈里は廉直で政務に通じ、案獄では実情をよく汲み取り冤罪を出さなかった。北漢の劉承鈞は入貢のたびに別に幣物を哈里に贈り、帝も受け取りを許した。50歳で没し、帝は哀悼して二日間朝を輟めた。