遼史卷七十 表第八 屬國表
序文
- 周が天下を治めていた頃、招かれずして会盟に集まった国は八百余国にのぼったという。遼は松漠の地に拠り、当時最も強盛であった。天命の帰するところとなって建国し、年号を定め、号令・法度はみな漢の制度に倣った。将を派遣して出師すれば、諸国はみな臣服し、その人民は戸籍に編入され、貢賦はことごとく内帑に納められた。その領域は東西南北ともに万里を超えるほどであり、古の百里四方の小国から興って太平の業を成し遂げた例に照らしても、遜色ないものであった。
- それゆえ遼の盛時のありさまは、記録せずにおくことはできない。ここに属国表を作成する。
表の記載
- 原本は朝貢・臣服した属国を年月順に列記した表であるが、底本のテキスト化に伴い罫線・配置の構造は失われ、丁付け(頁境界)の記号のみが残り、判読できる断片は残っていない。