遼史卷五十六 志第二十五 儀衞志二

総論

  • 上古の人は網で禽獣を捕らえ、肉を食い皮を衣とし、鹿韋で前後を掩う「鞸」を用いた。その後、夏は葛、冬は裘を着る制度が興った。周公は『詩経』七月篇に王業の由来を陳べ、一日に狐を狩り、三月に桑を条り、八月に績を成すという公私の営みが記される。
  • 契丹はもとより薦草の間を転居する遊牧の民で、太古の風になお近い。太祖の仲父蘇哷は約尼氏の裕悦として潢河沿いに居を定め、桑麻を植え組織を教える始まりを開き、遼の王業もここに萌した。太祖は北方で帝となり、太宗は中国の紫銀の器や羅綺の篚を得て、その至った先で華麗な衣冠の制を定めた。北班は国制、南班は漢制を、それぞれ便宜により用いた。国服のことを詳らかにし、その始まりを著す。

祭服(国服)

  • 遼国では祭山を大礼とし、服飾がとりわけ盛んであった。
  • 大祀:皇帝は金文の金冠、白綾袍、紅帯、魚(帯飾り)を懸け、三山の紅い垂飾、犀玉の刀、絡縫の烏鞾を着ける。
  • 小祀:皇帝は硬帽・紅緙糸の亀文袍。皇后は紅帕を戴き絡縫の紅袍を着て、玉佩・双同心帕を懸け、絡縫の烏鞾を着ける。臣僚・命婦の服飾は各々の部の旗幟の色に従う。

朝服(国服)

  • 太祖は丙寅の歳(906年)に皇帝に即位し、朝服の下に甲を着け非常に備えた。以後、色克色哩の礼・大射柳の際にこの服を用いた。統和元年(983年)の承天皇太后冊立の礼では、三品以上に漢法服を、三品以下に大射柳の服を給した。
  • 皇帝:実魯衮冠、絡縫紅袍、犀玉帯を垂れ飾り、絡縫の鞾。これを国服の衮冕という。太宗はのちに錦袍・金帯に改めた。
  • 臣僚:氈冠に金花を飾り、あるいは珠玉・翠毛を加え、額の後ろに金花を垂らし、織り込んだ帯の中に髪を束ねて収める。あるいは紗冠(無簷の烏紗帽のような形で耳を覆わない)を用い、額の前に金花を結んで紫帯を垂らし末に珠を綴る。服は紫の窄袍で、革帯を鞢帯とし黄紅色の絛で包み、金玉水晶や靛石で飾る。これを「盤紫」という。太宗はのちに錦袍・金帯に改め、会同元年には高齢で爵位のある群臣にこれを賜った。

公服(国服)

  • 「展裹」といい、紫を着る。興宗の重熙二十二年(1053年)に八房族に巾幘の詔が出され、道宗の清寧元年(1055年)には勲戚の後裔・額爾竒木副使・承応の職事人以外は巾を帯びないよう詔された。
  • 皇帝:紫皂の幅巾、紫の窄袍、玉の束帯、あるいは紅襖を着る。臣僚も幅巾・紫衣を用いる。

常服(国服)

  • 宰相の中謝の儀では帝は常服、高麗使者の入見の儀では臣僚は便衣を用いる。これを「盤裹」といい、緑花の窄袍、中単は紅緑が多く、貴人は貂裘を披う。紫黒色を貴び、青がこれに次ぐ。また銀䑕がとりわけ潔白で、賤者は貂毛・羊䑕・沙狐の裘を用いる。

田猟服(国服)

  • 皇帝は金を纏った擐甲の戎装で、貂䑕あるいは鵝項・鴨頭を扞腰とする。番・漢の諸司使以上は皆戎装で、衣はすべて左袵(左前)の黒緑色である。

弔服(国服)

  • 太祖に叛いた弟の埓克らが降った際、太祖は素服でこれを受けた。
  • 素服:赭白の馬に乗る。

漢服

  • 黄帝が初めて冕冠・章服を制定し、後の王がこれを祭祀・享礼に用いた。唐は殷の哻・周の弁を朝服に、冠端を居所の別に用い、尊卑を分け儀物を弁じた。のち唐は冕冠青衣を祭服、通天冠絳袍を朝服、平巾幘袍襴を常服とした。
  • 大同元年(947年)正月朔、太宗が晋に入って法駕を備え、汴京の崇元殿で文武百官の賀を受けた。この日から常例となった。同年北帰し、唐・晋の文物を遼はそのまま用いた。左右で採り集め、常用のものを篇に存する。

祭服(漢服)

  • 遼の代を通じて郊丘の祭では大裘冕服は用いられず、記録も無い。
  • 衮冕:宗廟の祭祀・上将出征の遣わし・飲至践阼・元服加冠・納后、また元日の受朝に用いる。金飾で白珠十二旒を垂れ、組を纓とし色は綬に同じ。黈纊(耳当て)で耳を充たし、玉簪𨗳、𤣥衣纁裳、十二章(衣に八章:日月星龍華虫火山宗彛、裳に四章:藻粉米黼黻)。衣褾領は昇龍を織り、龍山以下は各章一行十二白。中単は紗、黻領・青褾・襈裾。韍・革帯・大帯・剣・佩・綬・舄に金飾を加える。元日朝会の儀では皇帝はこの衮冕を着る。
  • 朝服:乾亨五年(実際は景宗の年号)、聖宗が承天太后を冊立する際、三品以上に法服を給した。冊礼では侍中が席に就いて剣を解き履を脱いだ。重熙五年(1036年)の尊号冊礼では皇帝は龍衮を着け、北南の臣僚は朝服を着けた。遼の制では会同年間、太后に対しては北面の臣僚は国服、皇帝に対しては南面の臣僚は漢服を用いたが、乾亨以後の大礼では北面三品以上も漢服を用いるようになり、重熙以後の大礼はすべて漢服となった。常朝はなお会同の制に従った。
  • 皇帝:通天冠(祭祀の還御・冬至朔日の受朝・臨軒拝王公・元会冬会に用いる)。冠に金の博山を加え蝉を十二付し珠翠を施す。黒介幘・髪纓・翠緌、玉あるいは犀の簪𨗳、絳紗袍、白紗中単、褾領朱襈裾、白裙襦、絳の蔽膝、白い仮帯、方心曲領。革帯・佩剣・綬・韈舄。まだ元服前は双童髻に空頂黒介幘・双玉導に宝飾を加える。元日上寿の儀では皇帝は通天冠・絳紗袍を着る。
  • 皇太子:遠遊冠(謁廟還宮・元日冬至朔日の入朝に用いる)。三梁冠に金の蝉九首を加え珠翠を施し、黒介幘・髪纓・翠緌、犀の簪導、絳紗袍、白紗中単、皂領褾襈裾、白裙襦、白い仮帯、方心曲領、絳紗蔽膝。革帯・剣・佩・綬・韈舄は皇帝と同じ。後に白韈黒舄に改めた。未冠の時は双童髻・空頂黒介幘・双玉導に宝飾を加える。皇太子冊立の儀では遠遊冠・絳紗袍を着る。
  • 親王:遠遊冠(陪祭・朝饗・拝表など大事に用いる)。冠は三梁に金の蝉を加え、黒介幘・青緌・簪𨗳、絳紗単衣、白紗中単、皂領襈裾、白裙襦、革帯・鈎䚢・仮帯、曲領方心、絳紗蔽膝、剣・佩・綬。二品以上も同じ。
  • 諸王:遠遊冠三梁・黒介幘・青緌。
    • 三品以上:進賢冠三梁・宝飾。
    • 五品以上:進賢冠二梁・金飾。
    • 九品以上:進賢冠一梁・無飾。
    • 七品以上:剣・佩・綬を去る。
    • 八品以下:公服と同じ。
  • 公服:勘箭の儀で閤使は公服に履を繋ぐ。遼国では公服を常用とした。
  • 皇帝:翼善冠(朔日の視朝に用いる)。柘黄袍・九環帯・白練裙襦・六合鞾。
  • 皇太子:遠遊冠(五日の常朝、元日冬至の受朝に用いる)。絳紗単衣・白裙襦、革帯・金の鈎䚢・仮帯・方心・紛鞶囊、白韈・烏皮履。
  • 一品以下五品以上:冠幘纓簪𨗳(東宮への謁見や他の公事に用いる)。絳紗単衣・白裙襦、帯・鈎䚢・仮帯・方心・韈履・紛鞶囊。
  • 六品以下:冠幘纓簪𨗳から紛鞶囊を去り、他は同じ。
  • 常服:遼国では「穿執」といい、起居礼で臣僚が穿執する(鞾を穿き笏を執る意)。
  • 皇帝:柘黄袍衫、折上頭巾、九環帯、六合鞾。宇文氏に由来し、唐太宗の貞観以後は元日冬至の受朝と大祭祀以外はすべて常服とされた。
  • 皇太子:進徳冠(九琪金飾)、絳紗単衣、白裙襦、白韈・烏皮履。
  • 五品以上:幞頭(折上巾ともいう)、紫袍・牙笏・金玉帯。文官は手巾・算袋・刀子・礪石・金魚袋を佩び、武官は鞢帯七事(刀・刀子・礪石・契苾真噦厥・針筒・火石袋)を佩び、烏皮六合鞾を履く。
  • 六品以下:幞頭、緋衣・木笏、銀帯魚袋、鞾は同じ。
  • 八品九品:幞頭、緑袍・鍮石帯、鞾は同じ。