統和五年(987年)
- 春正月乙丑、束城県を破り兵を縦して大掠。丁夘、文安に至り降伏を諭したが応じなかったため撃破し、丁壮を殺し尽くし老幼を俘獲した。戊寅、南京に還る。己夘、元和殿で将士に大いに賜物。壬辰、華林・天柱に行幸。
- 二月甲午朔、天柱より至る。三月癸亥朔、長春宮に行幸し観花・釣魚を行い、牡丹を近臣にあまねく賜り連日歓宴した。丁丑、迪錦部下の伊喇嘉哩が偵候の功により入って御盞郎君の班に祗候するを命じられた。
- 夏四月癸巳朔、南京に行幸。丁酉、上は百僚を率い皇太后に尊号「睿徳神畧応運啓化承天皇太后」を上り、礼が終わると群臣が上に尊号「至徳広孝昭聖天輔皇帝」を上った。戊戌、有司に詔して勲旧の等第を条上させ恩を加えさせた。癸丑、冰井で清暑。
- 六月壬辰、大臣を召して庶政を決した。丙申、耶律蘇を遙郡刺史とした。
- 秋七月戊辰、納喇部節度使薩哈勒が善政により民に留任を請われ、これに従った。この月、平地松林で狩猟。九月丙戌、南京に行幸し、この冬はそこで過ごした。
統和六年(988年)
- 春正月庚申、華林・天柱に行幸。二月丁未、奚王籌寧が無罪の人李浩を殺害、所司が議罪し貲を出させて浩の家を贍うことを請い、これに従った。甲寅、大同軍節度使同平章政事劉京が致仕。己未、休格が宋の事宜を奏上、上自ら閲覧。丙寅、司天の趙宗徳・斉泰・王守平・邵祺・閻梅が従征四載の間の天象の徴を言上、それぞれに物を賜った。三月癸未、李繼遷が使者を遣わし来貢。夏四月乙未、南京に行幸。丁酉、呼勒希が韓徳讓と衝突し馬から落ち、皇太后が怒りこれを殺した。戊戌、宋国王休格の邸に行幸。
- 五月癸亥、南府宰相耶律沙が薨じた。閏月丙戌朔、奉聖州が太祖の建てた金鈴閣の壊れを修繕したいと奏上、詔して南征により百姓を煩わせることを恐れ軍が還ってから修治することとした。壬寅、阿爾斯蘭回鶻が来貢。甲寅、威伊済部が歳貢の貂鼠青鼠皮が土産でなく他所で貿易して献じているため貢を改めたいと請い、詔して今後は牛馬のみとした。
- 六月癸亥、党項太保鄂勒歓が来朝し方物を貢した。乙丑、諸道の兵馬に南征攻城の器具を備えさせた。癸酉、額爾竒木鄂勒博が沙州節度使曹恭順を送って還らせ裕悦を授けた。
- 秋七月丙戌、市を観る。己亥、南面招討使韓徳威を遣わし河湟の畨で命に違う者を討たせ、休格・巴雅爾の部の諸軍に戦馬を賜った。己酉、洛河に駐屯。壬子、韓徳威に開府儀同三司兼政事令門下平章事・東京留守兼侍中・漆水郡王を加え、耶律穆済を大同軍節度使とした。癸丑、巴雅爾が涿州に駅伝を置きたいと請う。
- 八月丙辰、青牛白馬で天地を祭った。戊午、休格・巴雅爾・紐勒琿の捉生将が易州に至り宋兵に遭遇しその指揮使を殺して還った。庚申、黎園温湯に行幸。癸亥、伐宋にあたり木葉山に使者を遣わし祭った。丁丑、瀕海の女直が使者薩喇勒を遣わし来朝。西北路管押詳衮舒僧格が哲琳珠嚕二部を討伐した戦果を上申、東路林牙蕭勤徳・統軍実埒も女直兵を撃破し捕虜を献上。大同軍節度使耶律穆済が今歳の霜旱による食糧不足を奏し、価格を上げて折粟し貧民に利するを乞い、詔してこれに従った。濱海の女直が薩喇勒を遣わし土貢を修めた。丙申、華格・珠巴克・崇古嚕が来貢。休格は詳衮音徳爾を遣わし獲得した宋の諜者を献じた。丁酉、皇太后が韓徳譲の帳に行幸し厚く賞賚し従臣に朋を分けて雙陸をさせ歓を尽くした。
- 九月戊戌、南京に行幸。己亥、太宗皇帝廟に事あり、唐元徳を奉陵軍節度使とした。癸夘、旗鼓を祭り南伐。庚戌、涿州に至り帛書を射て城中に降伏を諭したが応じなかった。乙夘、四面から兵を縦し城を破って降伏させ、その衆を撫諭した。駙馬蕭勤徳・太師達林はともに流矢に中り、勤徳は帝の車に載せて帰った。宋軍の退却を聞き色珍・巴雅爾を遣わし追撃し大破。
- 冬十月戊午、沙堆駅を攻め破った。己巳、黒白羊で天地を祭った。庚午、宋の降軍を七指揮に分置し「帰聖軍」と号した。壬申、行軍参謀宣政殿学士馬得臣が「降宋軍を諭しても終には用いられないだろう、皆放還すべし」と言上したが詔して許さなかった。丙子、籌寧が狼山を破った捷を奏上。辛巳、益津関で宋兵を破った捷を再び奏上。癸未、長城口に進軍。宋の定州守将李興が兵を出して拒んだが休格がこれを撃破し五六里を追撃。十一月甲申、上は長城口を攻めるにあたり諸軍に攻具を備えさせた。庚寅、長城口に駐屯し大軍で四面から進攻、士は囲みを潰し城を委てて遁走、色珍が招いたが降らず、上は韓徳讓と邀撃しほとんど殺獲、獲た者は燕軍に分隷した。辛夘、満城を攻め囲んだ。甲午、その城を抜いたが軍士は北門を開いて遁走、上は使者でその将領を諭し衆を率いて降らせた。戊戌、祁州を攻め下し兵を縦して大掠。己亥、新楽を抜いた。庚子、小狼山砦を破った。丁未、宋軍千人が益津関を出て、国舅郎君托卜威・詳衮実格がこれを撃走し副将一人を殺した。己酉、休格が黄皮室詳衮に莫州を徇地させ獲得した馬二十匹・士卒二十人を献じ、降者に衣帯を賜い燕京に隷せしめた。辛亥、西路よりまた降卒二百余人が送られ寒者に裘衣を給し、馬得臣を宣徽院事に権知させた。
- 十二月甲寅朔、皮室詳衮持迪図古勒に戦馬を賜り、横帳郎君達達哩が刼掠したため杖罰した。丙辰、沙河で狩猟。休格が奚詳衮葉嚕の獲得した宋の諜者を献じた。丁巳、北宰相蕭継逺らを遣わし安平を偵察させた。侍衛馬軍司が祁州・新楽攻略で功のあった都頭劉贊ら三十人に恩賞を加えたいと奏し、これに従った。この月、大軍は宋境に駐屯した。この歳、貢挙を開き一人及第。
統和七年(989年)
- 春正月癸未朔、班師。戊子、宋の雞壁砦守将郭栄が衆を率いて来降、南京に屯させた。庚寅、長城口に至り、士卒三人が営を出て刼掠したため笞刑に処して衆に見せしめ、獲た物は左右に分賜した。壬辰、李繼遷が兄継捧と怨みがあり通好を乞うたが上はその誠でないことを知り許さなかった。癸巳、諸軍に易州へ趣かせるよう諭した。己亥、部従が民の桑梓を伐るのを禁じた。癸夘、易州を攻め、宋兵が遂城から出て援けに来たため鉄林軍を遣わして撃ち指揮使五人を捕らえた。甲辰、大軍が斉進して易州を破り、降した刺史劉墀は陴を守り士卒は南に遁れたが、上が師を率いて邀撃し敢えて出る者無く、馬質を刺史・趙質を兵馬都監とし易州の軍民を燕京に遷した。東京騎将夏貞顕の子仙夀が先登し髙州刺史を授けられた。乙巳、易州に行幸し五花楼で士庶を撫諭。丙午、青牛白馬で天地を祭り三京諸道に諭した。戊申、漆水に至り景宗皇帝廟に謁し、涿州刺史耶律守雄に易州の降人八百を護送し本貫に隷させた。己酉、岐溝に至り鬼箭を射た。辛亥、南京に還り六軍は解厳。
- 二月壬子朔、上は元和殿で百官の賀を受けた。詔して雞壁砦の民二百戸を檀順薊三州に徙居させた。甲寅、回鶻・于闐の師子等国が来貢。乙夘、軍士を大饗し爵賞に差あり。樞宻使韓徳譲を楚国王に封じ、駙馬都尉蕭寧逺を同政事門下平章事とした。この日、長春宮に行幸。甲子、詔して南征の捕虜のうち親属を諸帳に分隷された者は官銭で贖わせ相従わせた。乙丑、南征の女直軍に賞を与え東還させた。丙寅、挙人が匿名で朝廷を誹謗する飛書を禁じた。癸酉、吐蕃・党項が来貢。甲戌、雲州の租賦を本道で止めることを許した。丙子、女直の和克岱を本部の相とし巫覡を分遣して名山大川を祭らせた。丁丑、皇子仏寳努が生まれた。戊寅、阿爾斯蘭回鶻・于闐轄哩が使者を遣わし来貢。
- 三月壬午朔、木葉山を祭る使者を遣わし芻牧が禾稼を傷めることを禁じた。宋の進士十七人が家を挙げて帰化、有司に命じ中第者を国学官に補し、余は県の主簿・尉に授けた。李繼遷が使者を遣わし来貢。丁亥、易州の知事趙質に戦亡した士卒の骸骨を収め京観を築くよう詔した。戊子、裕悦宋国王休格に紅珠筋線を賜り、内神帳に入り再生礼を行わせ、皇太后は厚く物を賜った。雞壁砦の民成廷朗ら八戸を飛狐に隷させた。己丑、雲州の逋賦を免除。伊実王固寧が撃鞠で郎君髙四に馬を突かせ死んだため、髙四の罪を詰問。丙申、竒峰路を開き易州との市場を通じさせた。戊戌、王子帳耶律襄の女を義成公主に封じ李繼遷に降嫁させた。この春、延芳淀に駐蹕。
- 夏四月甲寅、京に還る。乙夘、国舅太師蕭達林が子巴雅爾のために皇女延夀公主への尚を請い許した。丙辰、太宗皇帝廟に謁し、御史大夫烏爾古を伊実大王に領させた。己未、延夀寺に行幸し僧に飯した。甲子、諫議大夫馬得臣が上の撃毬好みを切諌し、朋を分けて争勝すること、往来交錯で礼容を廃すること、平地でも堅确で馬が驚いて聖体を損なう恐れがあることの三不宜を疏奏、大いに嘉納された。丁夘、托歓和珍・回鶻安進・吐蕃都図らが宋より帰り、皆衣帯を賜った。皇太后は奇善汗廟に謁した。丙子、錫里軍耶律杳を詳衮とした。己夘、儒州龍泉に駐蹕。庚辰、宣徽使布琳らを遣わし兵を分道し宋に備えさせ、約尼の副使崆郭囉を錫里伊喇詳衮とした。
- 五月辛巳、儒州白馬村で風伯を祭った。休格が軍を満城に引き降卒七百余人を招き来献、東京に隷させた。辛夘、桑乾河で狩猟。壬辰、燕京が宋兵が辺に至るも暑気のため未だ戦わず易州に駐屯し敵が動けば進撃し退けば班師すると奏し、これに従った。六月庚戌朔、太師札穆が合撾迎に功二十を数えられた。辛酉、燕楽・密雲二県の荒地の民耕を許し十年賦役を免除。甲戌、宣政殿学士馬得臣が卒し、太子少保を贈り銭十万粟百石を賜った。乙亥、諸畜を出し辺部の貧民に賜った。この月、休格・巴雅爾が泰州で宋兵を破った。
- 秋七月乙酉、含涼殿で視朝。丙戌、中丞耶律哈宻喀を権伊勒希巴、横帳郎君耶律延夀を御史大夫とした。癸巳、兵を遣わし南征。甲午、徳勒賓・納喇・威の三部各四人を東北路来人布爾徳に益し印綬を給した。丁酉、南征の将士を労い、この日帝と皇太后は景宗皇帝廟に謁した。八月庚午、進士髙進ら二人が及第。冬十月、兎捕捉の網の設置を禁じた。十一月甲申、于闐の張文寳が内丹書を献じた。十二月甲寅、沈子濼で釣魚。癸亥、好草嶺で狩猟。