出自と生い立ち
- 褎姒は童妾の娘で、周の幽王の后である。かつて夏が衰えたとき、褎の地の神が二匹の龍となって王庭に現れ「われらは褒の二君である」と告げた。夏后が殺すか去らせるか占ったがいずれも凶と出た。龍の涎(よだれ)を箱に収めることを占うと吉と出たので、幣を供えて祈ると龍は姿を消し、涎を櫝(箱)に収めて郊外に置いた。以後、周に至るまで誰もこれを開けなかった。
涎から生まれた女
- 周の厲王の末年、これを開いて見たところ涎が庭に流れて除くことができず、王は裸の女たちに大声を上げさせたところ涎は黒い蜥蜴に変じて後宮に入り、まだ結髪前の童妾に触れた。童妾は成人後に身ごもり、宣王の代に子を産んだ。夫のない身での出産を恐れて子を棄てた。
- 先立って「山桑の弓と箕の矢筒、まことに周国を滅ぼす」という童謡があり、宣王はこれを聞いていた。のちに檿弧箕服(山桑の弓と箕の矢筒)を売る夫婦を捕らえて殺そうとしたところ、夫婦は夜逃げし、棄てられた童妾の子が夜泣くのを聞いて哀れみ拾い上げ、褒の地に逃げ隠れた。この子が成長すると美しく成長し、褒の人姁が罪を得たため、彼女を献上して贖罪とした。幽王は彼女を受け入れて寵愛し、姁を許した。こうして褎姒と号した。
褎姒の寵愛と烽火の偽り
- 褎姒は伯服を生むと、幽王は申侯の娘である后を廃し褎姒を后に立て、太子宜咎を廃して伯服を太子に立てた。幽王は褎姒に惑い、出入りに常に同乗し、国事を顧みず狩猟にふけって褎姒の意にかなうようにした。酒色に溺れ俳優を前に侍らせ、夜を日に継いで遊んだ。
- 褎姒が笑わないので、幽王はあらゆる手を尽くしたが笑わなかった。幽王は烽火と大鼓を設け、賊が来たときに挙げる約束としていたが、諸侯がみな集まったのに賊がいなかったので、褎姒は大いに笑った。幽王はこれを喜び、しばしば烽火を挙げさせたため、のちに信用されなくなり諸侯は集まらなくなった。
幽王の滅亡
- 諫言する忠臣は誅せられ、褎姒の言葉のみが用いられた。上下が互いにへつらい、百姓は離反した。申侯は繒と西方の犬戎とともに幽王を攻め、幽王は烽火を挙げて兵を徴したが誰も来ず、驪山のふもとで殺され、褒姒は虜となり、周の財宝はことごとく奪われた。
- 諸侯は申侯のもとに集まり、もとの太子宜咎を共に立てた。これが平王である。これ以後、周は他の諸侯と変わらぬ存在となった。
- 『詩経』に「赫赫たる宗周を、褎姒が滅ぼした」とあるのは、この褎姒のことをいう。
史論
- 頌に曰く、褒の神龍が変じ、まことに褎姒を生んだ。幽王に嫁いで寵を得ると、后と太子を廃した。烽火を挙げて兵を集めても賊は来ず、そのさまを笑うと、申侯が周を伐ち、ついに周の祭祀を滅ぼした、という。