列女傳卷六 阿谷處女

孔子が処女を試す

  • 阿谷の処女は、阿谷の谷間で洗濯をしていた女である。孔子が南方を旅し阿谷の谷を通りかかった際、玉璜を佩びて洗濯する処女を見て、子貢に「あの洗濯する女とは語り合えるだろうか」と言い、觴(さかずき)を子貢に授けて「言葉をかけてその心を観察せよ」と命じた。

三度の問いかけと処女の受け答え

  • 子貢は「私は北の国境の者で、南の楚に向かう途中、暑さに苦しみ喉が渇いている。一杯の水を恵んでほしい」と述べた。処女は「阿谷の谷は人目につかぬ隠れた地、この水は清くも濁ってもいて海に流れ入る。飲みたければ飲めばよい、なぜ私に問うのか」と答え、觴を受け取ると流れに逆らって水を汲み、それを捨てて流れに沿って改めて水を汲み、觴を満たして砂の上に跪いて置き、「礼として、女は人に直接手渡さないものです」と述べた。
  • 子貢がこれを孔子に報告すると、孔子は「私にはもう分かった」と言い、琴の軫(琴柱)を外して子貢に授け、「言葉をかけよ」と命じた。子貢は「先ほど聞いたあなたの言葉は清らかな風のようで、私の心を打った。この琴には軫がない、音を調えてほしい」と述べた。処女は「私は鄙びた田舎者で、心も浅く五音も知らない、どうして琴を調えられましょう」と答えた。孔子はこれを聞き、「私にはもう分かった。賢を超える者は賓客のように扱われるのだ」と述べた。
  • 孔子はさらに絺綌(葛布)五両を子貢に授け、言葉をかけさせた。子貢は「私は北の国境の者で、南の楚に向かう途中、この葛布五両をあなたの身に当てるのではなく、水辺に置かせてほしい」と述べた。処女は「旅の方が長らく嘆息し、その財を分けて野に棄てようとなさる。私はまだ年若く、どうして受け取れましょう。早くお命じにならなければ、密かに私に言い寄る不埒者がすでにいるのですから」と答えた。

処女への評価

  • 子貢がこれを孔子に告げると、孔子は「私にはもう分かった。この婦人は人情に通じ礼を知っている」と評した。『詩経』に「南に高い木があっても、その下で休むことはできない、漢水に遊ぶ女がいても、求めることはできない」とあるが、まさにこのことである。