列女傳卷五 郃陽友娣

兄殺しの発覚

  • 郃陽友娣は郃陽邑の任延壽の妻で、字は季兒といい、三人の子があった。季兒の兄の季宗は延壽と父の葬儀のことで争い、延壽は友人の田建と共謀して密かに季宗を殺した。
  • 田建は独りで罪に問われて死んだが、延壽は恩赦にあい、その後ようやく季兒にこの事実を告げた。季兒は「まあ、今になって初めて話すのですか」と言い、着物を振り払って去ろうとした。「兄を一緒に殺したのは誰か」と問うと、延壽は「田建だ。田建はもう死んだ。私一人が罪を負うべきなのだから、お前が私を殺せばよい」と答えた。

季兒の決断

  • 季兒は「夫を殺すのは不義、兄の仇に仕え続けるのもまた不義です」と言った。延壽は「お前を留めることはしない。車馬や家財をすべてお前に譲るから、好きなところへ行くがよい」と言った。
  • 季兒は「私はどこへ行けばよいのでしょう。兄が死んでもその仇を討たず、その仇であるあなたと枕を共にし、家の中を治めることもできず、兄の仇を許してしまった今、どんな顔で天地の間に生きていけましょう」と答えた。延壽は恥じて立ち去り、二度と季兒に会おうとしなかった。
  • 季兒は長女に「お前の父が私の兄を殺した。義として留まるわけにはいかず、また再び嫁ぐこともしない。私はお前を残して死ぬから、幼い弟妹二人をよく見てやってほしい」と告げ、着物の帯で首を吊って死んだ。馮翊の王讓はこれを聞いてその義を大とし、県に命じてその三人の子の徭役を免じ、墓に表を立てさせた。

史論

  • 君子は友娣を「兄の仇に対する処し方に優れていた」と評した。『詩経』に「僭らず賊わなければ、多くの者が模範とする」とあるのは、季兒にこそふさわしい。
  • 頌に曰く、季兒は義を打ち立てたが、夫が自分の兄を殺した。兄の仇を討とうにも義として果たせず、留まることも去ることもできず、ついに自ら命を絶った。馮翊はその墓に表を立て、その義の明らかさを称えた、という。