仇討ちへの巻き込み
- 京師節女は長安大昌里の人の妻である。夫には仇があり、夫を討とうとしたが手立てがなかった。仇は妻が仁孝で義に篤いと聞き、妻の父を人質にとって娘に仲立ちをさせようとした。
- 父は娘を呼んでこの話を告げた。娘は「聞き入れなければ父が殺される、不孝である。聞き入れれば夫が殺される、不義である。不孝も不義も、生きていては世に立てない」と考え、自らその身をもって当たろうと決意し、承諾すると偽って「明日、私が沐浴して東枕に横たわっているのがそれです。戸と窓を開けてお待ちします」と告げた。
身代わりとなった死
- 娘は家に戻ると夫に事情を話し、夫を別の場所に寝かせ、自ら沐浴して楼上に東枕で横たわり、戸と窓を開けて待った。夜半、仇の一味が果たしてやって来て、首を斬って持ち去った。夜が明けて確認すると、それは妻自身の首であった。
- 仇の一味はこれを悲しみ痛み、その義を評価して、夫を釈放し殺さなかった。
史論
- 君子は節女を「仁孝が篤く恩義に厚かった」と評した。仁義を重んじ死を軽んじることは、行いの高きものである。『論語』に「君子は身を殺して仁を成す。生を求めて仁を害することはない」とあるのはこのことをいう。
- 頌に曰く、京師の節女は、夫の仇が父を人質にとり娘に仲立ちをさせようとしたとき、承諾せぬわけにはいかなかった。約束の場所が定まると自らその場所を入れ替え、身を殺して仁を成し、その義は天下に冠たるものであった、という。