列女傳卷五 晉圉懷嬴

出自と人質生活

  • 懷嬴は秦の穆公の娘で、晉の惠公の太子圉の妃となった女性である。圉が秦に人質となった際、穆公は懷嬴を圉に嫁がせた。

圉の逃亡と懷嬴の選択

  • 六年後、圉が秦から逃げ帰ろうとし、懷嬴に「私は国を離れて数年、父子の情も薄れ、秦晉の友好も深まっていない。鳥は故郷へ飛び帰り、狐も死ぬときは生まれた丘に頭を向けるという。私は晉に頭を向けて死にたい。そなたも一緒に行くか」と問うた。
  • 懷嬴は「あなたは晉の太子。秦で辱めを受け、去りたいと思うのも当然です。とはいえ寡君は私にあなたにお仕えするよう命じ、あなたを繋ぎ止めるためでした。今、私があなたを繋ぎ止められないのは私が至らぬからです。あなたに従って帰れば君を捨てることになり、あなたの計画を漏らせば妻としての義に背きます。どの道も行えませんが、あなたには従いません。行ってください。私は口外もしませんが、お供もいたしません」と答えた。
  • 圉はそのまま晉へ逃げ帰った。

史論

  • 君子は懷嬴を「夫婦の間の処し方に優れていた」と評した。
  • 頌に曰く、晉の太子圉は秦に人質となり懷嬴を妃としたが、圉が逃げようとしたとき懷嬴は従わず、また口外もせず、心の持ち方は極めて公平で、去就をどちらにも偏らせなかった、という。