列女傳卷四 齊杞梁妻

弔いを路上で拒む

  • 齊の杞梁殖の妻である。莊公が莒を襲った際、殖は戦って死んだ。莊公が帰る途中、その妻に会い、使者を遣わして路上で弔わせようとした。杞梁の妻は「殖に罪があるのなら、君がわざわざ弔いの命を下される必要はありません。もし殖が罪を免れるのであれば、私には先祖伝来の粗末な家がございますので、郊外での弔いをお受けするわけにはいきません」と述べた。莊公はそこで車を家まで回し、礼を尽くしてから去った。

城下に泣き、城壁を崩す

  • 杞梁の妻には子がなく、内外に五等の親族もいなかった。身を寄せるところがないため、城下にある夫の遺体のもとに行き哭泣した。その真心が人を動かし、道行く人はみな涙をぬぐわぬ者がなかった。十日たつと、城壁が崩れた。
  • 葬儀を終えると、妻は「私はどこへ帰ればよいのでしょう。婦人は必ず頼るべき者があるものです。父がいれば父に、夫がいれば夫に、子がいれば子に頼ります。今、私には上に父もなく、中に夫もなく、下に子もありません。内に頼るところがなく、それでこそ私の誠が示せます。外に頼るところがなく、それでこそ私の節が立ちます。私がどうして再び他に嫁ぐことなどできましょう。ただ死あるのみです」と言い、淄水に身を投げて死んだ。
  • 君子は杞梁の妻を貞節で礼を知る人物と評した。

史論

  • 頌に曰く、杞梁が戦死し、妻がその弔いを受けたが、齊莊公の路上での弔いを辞退した。城下で夫を哭き、城壁は崩れ、頼るべき親族もないと悟り、淄水に身を投げて死んだ、という。