列女傳卷三 晉范氏母

三子の答えをめぐる評価

  • 晉の范氏の母は、范献子の妻である。その三人の子は趙氏のもとに出仕していた。趙簡子が庭園で馬に乗った際、園に切り株が多いことに気づき、三人の子に「これをどうすればよいか」と尋ねた。
  • 長男は「明君は問われずとも行い、乱れた君主は問われても行わない」と答えた。次男は「馬の脚を大事にするなら民の力を惜しまず、民の力を惜しむなら馬の脚を大事にしない」と答えた。
  • 三男は「三つの徳をもって民を使うことができます。山で切り株を伐らせるという命令を出しておいて、あとで庭園を開放して切り株を示すのです。山は遠く庭園は近いので、これで民は一つ喜びます。険しい山でなく平地の切り株を伐るので、二つ喜びます。伐り終えたら安く民に売るので、三つ喜びます」と答えた。
  • 簡子はこれに従い、民は果たして三つの喜びを得た。三男はこの謀を誇り、帰って母に告げた。母はため息をついて「ついに范氏を滅ぼすのは、この子だろう。功を誇り、労を見せびらかす者で、仁を広める者は少ない。偽りを行って人をだます者は長続きしない」と嘆いた。
  • のちに智伯が范氏を滅ぼした。君子は「范氏の母は難の根本を知る者であった」と評した。

史論

  • 『詩経』に「先祖を辱めることなく、その過ちを正すよう努めよ」とあるが、まさにこのことである。
  • 頌に曰く、范氏の母は徳と信を尊んだ。末子が三つの徳と称して民を偽ったとき、母はその滅びを見抜き、仁の少なさを見抜いた。のちに果たして禍に遭い、身は死に国は分裂した、という。