列女傳卷二 齊相御妻

出自

  • 齊の相・晏子の御者の妻。「命婦」と呼ばれた。

夫の高慢を諭す

  • 晏子が外出する際、命婦は隙間から夫が晏子の御者として大きな傘蓋を掲げ四頭立ての馬に鞭を振るい、意気揚々と得意げにしている姿を見た。
  • 夫が帰ると、妻は「あなたが低い身分にとどまっているのも当然です」と言った。夫が理由を尋ねると、妻は「晏子は身の丈三尺にも満たないのに、齊国の相となり、諸侯にまで名を知られています。先ほど門の隙間からその様子を見ましたが、慎み深く控えめで、深く考えを巡らせておられました。ところがあなたは身の丈八尺もありながら、その御者にすぎないのに、意気揚々と満足げな様子です。わたくしはこれを見て、あなたのもとを去ろうと思ったのです」と答えた。
  • 夫は謝って「これから改めるつもりだが、どうしたらよいか」と尋ねた。妻は「晏子のような知恵を胸に、それに八尺の身を加えるのです。仁義を身をもって行い、明主に仕えれば、その名は必ず広まるでしょう。またわたくしは、義によって卑しくあることの方が、むなしく驕って貴くあるより、むしろ喜ばしいと聞いております」と答えた。
  • 夫はこれを深く自らの戒めとし、道を学んで謙遜し、常に足りないもののように振る舞った。晏子はその変化を怪しみ理由を尋ねると、夫はありのままを答えた。晏子は彼が善言を受け入れて自ら改めることができる人物だと見て、景公に薦めて大夫に取り立て、その妻も命婦として顕彰した。

  • 君子は命婦を善を知る人と評した。賢人が成るのは、その道が広いためであり、師や友人との切磋琢磨だけでなく、配偶者もまた大きな力となる。詩に「高山仰止、景行行止」とあるのは、常に善に向かうべきことをいう。

史論

  • 頌にいう。齊の相の御者の妻は、道をもって夫を正した。夫の驕り高ぶった様子を明らかに指摘し、夫は慎み深く自らを改めた。夫は行いを改めて学問に努め続け、晏子はこれを取り立てて君子の列に加えた。