南史卷七十六 列傳第六十六 鄧郁
鄧郁
- 南嶽鄧先生、名は郁、荊州建平の人。若くして仕えず、衡山極峻の嶺に小板屋を二間立て足を山から下ろさず、穀を断つこと三十余年、澗水と雲母屑のみを服し昼夜「大洞経」を誦した。梁武帝は篤く敬信し丹薬を合わせさせたが帝は敢えて服さず、五嶽楼を起こしてこれを供養し、吉日に自ら礼拝した。白日、神仙魏夫人が雲に乗って降臨し、少嫗三十人がみな絳紫の羅繡の袿䙱を着け容色は桃李や瓊瑶に勝るという奇瑞があり、夫人は「君には仙分がある、来るべき時を待って迎えに来る」と語った。天監十四年(515年)、二羽の青鳥が鶴のように現れ翼を鳴らして舞い、郁は弟子らに「求めるのは労多く、得るのは逸なり、青鳥が来たからには期会が至った」と語り、まもなく病なく没した。山内には香気のみが漂い、世にはかつてない出来事とされた。武帝は後に周捨に「鄧玄伝」を作らせその事跡を詳しく記させた。