南史卷七十五 列傳第六十五 漁父

漁父(不知姓名)

  • 漁父は姓名も出自も知られていない。太康の孫緬が尋陽太守であった頃、夕暮れに渚を逍遥していると軽舟が波間に見え隠れし、やがて漁父が神韻蕭灑に釣糸を垂れ長嘯していた。緬が「魚を売るか」と問うと、漁父は「その釣りは釣りにあらず、どうして魚を売ろうか」と答え、緬はますます怪しんだ。緬が渉水して「先生は道有る者と拝察する、黄金白璧は重利、駟馬高蓋は栄勢だが、今は聖代の世で隠者の士も靡くように仕えているのになぜあなたは晦れているのか」と問うと、漁父は「私は山海の狂人、世務に達せず貧賤も栄貴も語るまい」と答え、歌を詠み「夷にも恵にも非ず、憂いを忘れるのみ」と結んで、鼓棹して悠然と去った。孫緬、字は伯緒、太子僕興曽の子。学識があり宋明帝に重んじられ、尚書左丞・東中郎司馬に至った。