南史卷六十七 列傳第五十七 駱文牙

駱文牙

  • 駱文牙は字を旗門といい、呉興臨安の人である。父の裕は梁の鄱陽嗣王中兵参軍事。牙が十二歳の頃、人相見の宗人が「この子の容貌は非凡で必ず大成する」と評した。梁の太清末、陳文帝が臨安に避難していた際、文牙の母は文帝の風格を見て非常の人と知り厚くもてなした。文帝が呉興太守となると文牙を将帥に招き、杜龕・張彪の平定に従い衆軍中で勇猛第一であった。
  • 文帝即位後、臨安県侯に封じられ越州刺史となった。かつて文牙の母が卒した時は兵荒のため葬礼が行えず、この頃になってようやく葬られ、詔により臨安国太夫人・諡恭を追贈された。太建八年、文牙は散騎常侍に累進し殿省に入直、十年、豊州刺史。至徳二年、卒し広州刺史を贈られた。子の義が嗣いだ。