南史卷四十七 列傳第三十七 蘇侃
出自と初期
- 蘇侃、字休烈、武邑の人。祖父蘇護は本郡太守、父蘇端は州中從事。
- 書伝を博く渉猟した。薛安都の反乱に際しその府参軍として書記を掌ったが、後に南へ脱出し齊高帝が淮上にあった頃から自ら結んだ。高帝が淮陰を鎮すると冠軍錄事參軍となった。
塞客吟と高帝への忠誠
- 高帝が久しく兵権にあって疑いを受けていた頃、侃は「塞客吟」および「塞上の歌」を作って自らの志を寓した(辺塞の情景と望郷の思いを詠う長編の賦・歌)。高帝はこの意を理解し、侃をより重用した。
- 桂陽王の乱では平南錄事領軍主として新亭に従い、将士への金銀の頒賜を分担した。後に高帝の太尉諮議として起居に久しく通じ、丘巨源と共に『蕭太尉記』を撰し高帝の征伐の功を記した。新建縣侯に封ぜられた。
斉朝での官歴と最期
- 齊臺建てられるや黄門郎・領射聲校尉として心腹の任にあたり、武帝即位後は『聖皇瑞命記』一巻を撰して奏上した。建元元年に卒し、武帝は深く惜しみ質侯を諡した。